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ROTTENGRAFFTY  WEB INTERVIEW

“終わり”から見える“希望”
『世界の終わり』に描かれた世界とロットンの現在(いま)

ニューシングル『世界の終わり』をリリースしたROTTENGRAFFTY。様々な困難を乗り越えたからこその音はさらに説得力を増し、そして希望を見出す。この究極のタイトルとなるシングルに込めた想いから、ここにたどり着くまでの道程を、N∀OKIとNOBUYAに訊いた。

■『世界の終わり』、出来上がっての手応えはいかがですか。

N∀OKI(Vo) ロットンにとっていちばん音が重くて、いちばんヘビーで、それでいてメッセージもいちばん如実に出た楽曲になったと思います。

NOBUYA(Vo) 発売前はいつも実感がなく、発売してからいろいろ沸いてくるんですけど、いま出来上がってるカタチを客観的に見るならば、去年出したアルバム『Walk』のツアーを50本以上やってきて、それを経ての答え、いまの俺らの答えを提示できたんじゃないかなっていうのは思います。

■“世界の終わり”というテーマやイメージはずっと持ってたものなんですか?

N∀OKI いや、引っ掛けたかったんですよね、言葉でグッと。聴いてる人を引き込みたくて。書きためていた言葉の中に“世界の終わり”っていう言葉があって、もうこれしかないなって。タイトルにしようと思ってたわけではないんですけど、サビあたまで“世界の終わり”って出てきたらドキッとするやろなって。

■ここ数年のロットンの音楽、ライブ、意識、日常、そういったすべてが集約された曲であり、タイトルだなと思いました。

N∀OKI ずっと“今日しかないねん”って気持ちでライブもやってたんですけど、震災以降、やっぱり寄り添う気持ちが強くなって。ええ感じに歳いってきて、同級生や先輩、後輩までが突然死っちゅうかいきなり死ぬことがあって、あー、もういつ死ぬかわからへんなって。大袈裟かもしれんけど絶対そうやし、明日死ぬかもしれへんとか、いますぐ死ぬかもしれへんくらいの気持ちで生きてみたら、ちょっとは行動を起こせるような気がして。いまほんまにそういうマインドで、それはもう変わらへんやろし、そういう気持ちで生きてたから、それをそのまま詞にした感じですよね。すっごいダラけて怠けてるときや、しんどくて動けへん日もあるじゃないですか。それはそれでありかなとは思うんですけど、常にどっかにあるんですよ、終わるかもしれへん、みたいなんわ。あったほうがいいと思うんですけどね、楽観的に思ってるよりは。

■そう思います。NOBUYAさんは?

NOBUYA ギターのKAZUOMIがメインで曲を書いてるんですけど、今回はN∀OKIの世界観を前に出したいって話があって、俺もN∀OKIの世界観はこの曲に絶対合うやろなと思ったんですね。俺は俺でツアー中に書きためてたリリックがあったから自分のパートをその言葉でハメていったんですけど、その言葉がツアーを表現するものだったからライブと死生観というところで相通ずるものがあって、N∀OKIの詞の世界観とリンクして、違和感なくハマッて、違和感なく表現できて、それがすごく心地よくて。タイトルも決めずレコーディングしてたんですけど、僕もKAZUOMIも“世界の終わり”にしようと、共通認識一緒やって、ブレてなかったんやなって思いましたね。

■ライブ、生活、音源がすべて直結してるし、熱量も変わらないですけど、曲作りで変わってきたと感じるところはあります?

N∀OKI やっぱり詞の世界は変わりましたよね。抽象的やったり、難しい言葉を変に使おうとしたり、自分の世界の中だけでしゃべってたり、“ほんとはこうやねん”っていう手前で止めて、答えは自分たちで考えてくれ、くらいの輪郭しか見えへんかった歌詞が、表情まで見えるようになってきたというか。昔だったら恥ずかしかった言葉を胸張って言えるようになったのもあるし、いまの俺たちだったら言ってもいいかなって。

■恥ずかしいというのが大きかったですか。

N∀OKI それがカッコええと思ってたんですよ。あんまりはっきり言うよりは。

■わかりづらいほうがカッコいいみたいな。

N∀OKI そうそう、変にむずかしい言葉つかったれ、みたいな。

NOBUYA 僕らが若かった頃は青春パンクが流行ってて、そことは差別化したかったのもあるし、その頃は俺らが歌うべきことではないと思ってたしな。

N∀OKI もっとおかしい感じでいきたいなとは思ってたな。

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