矢井田 瞳 VANITYMIX WEB LIMITED INTERVIEW

『ゆりあ先生の赤い糸』主人公への共感を落とし込んだ新境地の新曲”アイノロイ”を語る。

矢井田 瞳がデジタルシングル『アイノロイ』をリリース。テレビ朝日系木曜ドラマ『ゆりあ先生の赤い糸』の主題歌となっている本作は、逆境に負けずタフに生きる作中の主人公・ゆりあ先生と、デビュー23周年を迎えた矢井田が共鳴してできた楽曲。サウンドプロデューサーにYaffleを迎えたことで、サウンドやボーカル面でも新境地を切り開く楽曲となった。
デビューからの23年の間で、矢井田自身のマイナスな感情との向き合い方はどう変化してきたのか。新境地となる今回の制作において感じたこととは。矢井田 瞳に話を訊いた。

■先日、ピアノとハーモニカ、そしてギターという編成でのライブ『「ヤイコの⽇」2023 〜ピアノとハーモニカと〜』が行われました。3人しかいない編成にも関わらず、あんなに表現の幅が生まれるのかと、観ていて感動しましたが、矢井田さんにとってはどんなライブになりましたか?

矢井田 ピアノとハーモニカとギターというリズム楽器のいないあの編成は、お互いの信頼関係がすごく重要になる編成だったと思いますし、あのメンバーじゃないと表現できなかった世界観がたくさんあったと思います。「どうなっていくんだろう」というお客さんの気持ちも巻き込んでライブが作れた感じがあって、すごくやりがいのあったライブでした。

■曲のアレンジも普段とはまた違ったものになっていましたが、本番までにアレンジを作っていく段階では、どのようなやり取りがあったんですか?

矢井田 私がまず曲ごとに、「この曲はピアノが持っていって欲しい」とか、「原曲はゆっくりだけど、テンポアップしてやりたい」とか、「この曲は私とハーモニカの倉井夏樹くんだけでやりたい」といった、ざっくりとしたイメージを伝えつつ、そこから作り上げていくことが多かったです。今回のツアーはピアノのプレイヤーも鶴谷崇さんと河野圭さんの二人が入れ替わりで参加してくれたので、細かいフレーズは二人が同じものを弾く必要はないですし、鶴谷さんだから表現できるピアノ、河野さんだから表現できるピアノを大切にして欲しいということを伝えて。大枠しか決めていなかったので、本番も全て違う仕上がりになりました。「ステージ上のミュージシャンの呼吸がそのままその日のアレンジになっていく」みたいなライブでした。いつもより自由度が高かったんですけど、楽しいだけじゃなくてドキドキや責任感もあって。でもその痺れる感じも含めてすごく楽しかったです。

■楽器編成やアレンジが変わることで、歌い方にも変化は出るものなんですか?

矢井田 私は結構、編成が違ってもプレイヤーが違っても歌い方が変わるタイプなんです。例えば同じ編成でも、ピアニストが違うだけで歌い方が変わっちゃう。

■そうなんですね。それこそ今回の新曲“アイノロイ”は、サウンドの印象が今までと異なるだけでなく、歌のイメージもこれまでとは全く違うものになっているなと感じました。

矢井田 そうですね。今回は歌のディレクションもYaffleさんにお願いしたので、「これまでの自分の基準だったらこう歌っていた」みたいなのも自分からは言わず、これまで自分が培ってきたものの中には良い癖もあれば、悪い癖もあると思うので、要らない部分に関してはこの曲で引き継がなくていいかなと思って臨みました。本当に細かい部分で言うと、「この一文字だけ、あと髪の毛1本分伸ばすイメージで」みたいなリクエストをやってみたりすると、新しい自分に出会えたり。そういう自分の変化も楽しみながらのレコーディングでした。

■“アイノロイ”は、ドラマ『ゆりあ先生の赤い糸』の主題歌ですが、作品の原作を読んだ際に感じたことを教えてください。

矢井田 いち読者としてすごく面白かったです。急に旦那さんが倒れちゃったり、旦那さんに年下の彼氏がいたり、人生に一回あるかないかの大きな出来事が次々と主人公に降りかかるんですよね。最初の方は「どうなっていくんだろう……?」というドキドキがあったり、「ドロドロしているのかな?」と思いながら読んでいたんですけど、途中からは自然とゆりあ先生を応援していたんです。ゆりあ先生の、一つひとつの出来事に対する決断の下し方がすごくカッコ良くて、初めてのヒロイン像だなと思って、すごく惹き込まれました。ゆりあ先生はいろんな出来事に対して逃げるという選択肢を取るのではなく、逃げずにどう立ち向かっていくかだったり、「全部まとめて愛してやる」といった感じで取り組んでいくんです。でも逃げないという決断って、許すという気持ちが必要だったり、もしかしたら恥をさらす危険性があるかもしれないじゃないですか。人にどう思われるかという基準じゃなくて、自分の足で自分の人生を切り開いていって、「失敗しても自分で責任を持つ」という生き方なのが、すごくカッコいいなと思いました。その一方で、ゆりあ先生にも繊細なところがあって、恋心に揺れたり、「なんでこんなこと言っちゃったんだろう……」と思っていたりする、そんな人間らしいところもすごく愛らしいんですよね。素敵な作品だなと思いました。

■そんな作品の主題歌を書き下ろすということで、原作を読み終えたタイミングではどんな曲にしようと思いましたか?

矢井田 作品の中で起こっている出来事はドロドロしているんだけれど、それをどう捉えるか、そのことに対してどう取り組むかという姿勢次第で、自分に光が差すようにしていく、ゆりあ先生の力強さやしなやかさを表現できたらなと思いました。そのしなやかさというのもただの強さとは違って、何も知らない頃だったらできなかったような、いろいろ知っているからこそできる判断で。ゆりあ先生も今の私と同年代なので、そういうところもすごく共感できたんです。なので、誰かを演じすぎることなく音楽に落とし込めたと思います。

■今のタイミングの矢井田さんだからこそ、書くことのできた曲でもあるんですね。

矢井田 そうですね。自分のフィルターを通して共鳴した部分を掬い上げていった感じです。日々をたくましく生きている全ての人に届いてくれたらいいなと思いながら紡ぎました。

■「演じすぎることなく落とし込めた」とおっしゃっていましたが、長く活動されている中で、矢井田さんご自身もサビ前で描かれているような、マイナスな感情を抱くこともあったかと思います。23年間活動されてきた現在も、そういった感情に取りつかれてしまうことなどはあるのでしょうか?

矢井田 マイナスな感情は常に持っています。それは昔から変わらないんですけど、それに対する向き合い方は変わってきたと思います。昔はそれこそ今表現なさったように取りつかれてしまうような時間がありましたけど、今はそのマイナスな感情に目を向ける時間があったとしても、それを受け入れるというか。例えば、できないことをやりたいと言っても仕方ないじゃないですか。だったら全然違う方向のことを磨いていれば、できないと思っていたことが、いつかできるようになっているかもしれない。それくらいの気持ちで進んでいます。なので、受け入れ方が変わったという感じですかね。みなさんも生きている上でマイナスの感情自体をゼロにするというのは難しいと思いますけど、認めるとか、受け入れるとか、そういう考え方にすることで、次の日の暮らし方は変わっていくのかなと思います。

■そういった受け入れ方や考え方の変化は、長い間で徐々に生まれたものだとは思いますが、しっくりくる受け入れ方に気付いたタイミングなどで覚えているポイントはありますか?

矢井田 たくさんあるんですけど、自分一人で考えて、自分一人で気づくということはなくて。自分がデビューして5年目くらいの時、勝手に自分に限界を感じて行き詰まったことがあるんです。その時に「今こういう悩み事があります」と、先輩ミュージシャンに話したら、「全部一人でやろうと思っているからじゃない?それは無理だよ」みたいなことを言われて。例えば、自分がその当時に一緒にやっていたミュージシャンと上手くいかなかった時、「周りを見渡せば世界中にはたくさんのミュージシャンがいるんだから、いろんな人とやってみれば何か見つかるかもしれないし、新しい世界があるかもしれない」という言葉をかけてもらって、それに救われてまた進めたりしたんです。そういうことの繰り返しだったのかなと思います。カッコつけようと思ったり、隠そうと思うと、悩み事の解決が遅くなるというのは学びました。しんどい時に「しんどいです!」って言うとか、「これ以上無理!」っていうのをちゃんと伝える。そうすると、「そうですか、無理ですか」で終わる時もあれば、「だったらこういうことをしたら?」と、新しい道をくれる人がいる時もある。抱え込んだりカッコつけたりしない方が、人生は楽しいなと、20代中盤で思いましたね。あと、話していて思い出したんですけど、私は元々すごく人見知りなんです。でも30歳になった日に、「人見知りを言い訳にするのはやめよう」と思ったんですよね。年齢は数字でしかないんですけど、良い区切りだったのかな。やめようと思ってから、すごくすっきりした覚えがあります。なにかの会合に行きたくない時も、人見知りを言い訳にするんじゃなく、「行きたくないから行かない」って言う、みたいな。(笑)  自分が言い訳に使っていることを分かっていたので、うしろめたさがあったんでしょうね。小さなターニングポイントかもしれないですけど、自分の中では人生ですっきりした出来事だったので思い出しました。そういう変化するタイミングって、良い区切りがあったりするのもそうですけど、いろんな作品を観たり、聴いたり、散歩したり、気持ちが外に向いている時に出会う気がします。

■なるほど。面白いですね。今回のコラボ相手であるYaffleさんは、現在様々なところで活躍されている方ですが、矢井田さんがYaffleさんのことを知って、今回のコラボに至るまでの経緯というと、どのような流れがあったのでしょうか?

矢井田 Yaffleさんの活動を最初に知ったのは、尾崎裕哉さんの作品を聴いた時だったと思います。尾崎裕哉さんは、アコースティックギターと強力なボーカルというイメージだったんですけど、変わったサウンドとアレンジの曲があって、カッコいいなと思って調べたら、Yaffleさんの関わった作品だったんですよね。シンセサイザーを使っている曲なんですけど、そのシンセの音が「この人、すごく手を加えてこの音にしているんだろうな」というヒューマニズムが伝わる音で、すごくカッコよかったんです。その後、Yaffleさんが関わっているアーティストの活動を追ったり、ライブを観に行って、Yaffleさんのプレイスタイルを見させてもらって。素敵な音楽家の方ですし、いつかご一緒したいと思う方の一人だったんです。そして今回、ドラマの主題歌が決まるかもしれないというタイミングの時に、「今のタイミングで新しい矢井田 瞳像を見せられたらいいね」とチームと話していて。それからドラマ主題歌が決まって、「Yaffleさんと曲を作るのはどうですか?」という提案をいただいて、「是非!」という感じでした。