小出薫 VANITYMIX WEB LIMITED INTERVIEW

小出薫『異物 -完全版-』

何気ない日常の中に突然現れた「異物」。人々はそのグロテスクな容姿に最初は驚きながらも、徐々に予想外の反応を示していく…

奇才・宇賀那 健一監督が「『不条理コメディ』を作りたい」という思いで2019年に製作した短編映画『異物』。この作品を起点に2020年には続いて『適応』『増殖』『消滅』といった作品を製作、これらの作品をまとめた『異物 -完全版-』が、2022年1月15日に公開。エロチック・コメディーという風変わりな作風ながら、深い社会性を想起させる独特な世界観を醸し、20ヶ国70以上の映画祭及び映画賞で入選を果たしており、世界的にも高い評価を得ている。今回は本編中の短編映画『異物』『消滅』にて主演を務めた女優・小出薫に、撮影に向けアプローチした狙いとともに、自身の考える『異物』のイメージなどを語ってもらった。

■小出さんが本作に参加されることになったきっかけを教えてください。

小出 2年程前に監督が行われているワークショップに参加し、実際に私のお芝居を観てもらったのがきっかけで今回の『異物』の出演のお話をいただきました。今作では、共通の感覚を持っている事が大事だとおっしゃっており、その中で「小出さんならこの役に合いそう」と言っていただいたので、すごく嬉しかったです。私は宇賀那監督の『サラバ静寂』という作品がすごく好きで、いつかこの監督と絶対仕事をしたいと思っていたので、恐れ多い気持ちもありましたが、即答で「是非」とお返事させていただきました。また今回出演するに当たって監督からは、「ショートヘアにして欲しい」という要望をいただき、人生で初めて髪をショートにして挑みました。

■小出さんから見た監督の印象とは、どんな感じなのでしょう?

小出 少年のように純粋な情熱を持った人という印象があります。撮影中は誰よりも一番楽しそうにしていました。本作にはきわどいシーンもあるのですが、モニターを見ながら一人笑ったりしていて。(笑) 映画作りを誰よりも楽しんでいる姿が少年そのものでした。

■本作は随所にイマジネーションを掻き立てられる印象がありますが、断片的に見てしまうと、そこに何を表現しているのかを見出すのは難しいような気もします。本作のイメージ、主題的なポイントについては、撮影に入る前にある程度ご自身でも理解されていたのでしょうか?

小出 最初にいただいたのは短編としての『異物』の物語の脚本だけでしたが、脚本を読んだ時は、正直、私も訳のわからない状態でした。でも物語に漂うイメージ的なものはなんとなく自分の中で見えたので、それをベースとして撮影に臨みました。『異物』の脚本自体はすごくシンプルで、余計なものを削ぎ落とした美しさがあるという印象でした。ちょっと奇妙な世界感ながら、カオルという人物には自分に共感する部分があったし、何よりも世界観に引き込まれました。台詞がほとんどないこともかなり挑戦的だと思ったので、出演に対して脚本を読んだ段階で、本気で挑みたいと思っていました。

■今回初作の短編『異物』に『適応』『増殖』『消滅』という続編がつながってきたわけですが、もとの作品がこのような形で展開することは、事前には知らされていなかったのですね。

小出 はい。もともとは短編として『異物』だけが作られる予定でした。異物を撮ったのが2019年で、撮影が終わった翌年に世の中がコロナ禍になり、監督としては『異物』で不条理なものを撮ったら、現実の方がもっと不条理になってしまった。その不条理に争いながらも翻弄される人間たちをもっと描こう、ということで続編を作る事になったそうです。だから、こんな風に物語が広がっていくなんて、全く予測もしていませんでした。『異物』だけの短編映画から四つの物語に広がったことで、作品には新たに希望のようなメッセージが生まれ、生き物のように大きく膨らんでいったんです。四作品に出演されたキャストのみなさんも本当に素晴らしい方々で、今回このような形で完全版として発表できることを本当に嬉しく思っています。

■初作の『異物』が実際に出来上がった完成形をご覧になった時の印象はいかがでしたか?

小出 「変な映画だな」と思いました。(笑) 滑稽で爆笑するシーンもありました。でも、監督、キャスト、スタッフ全員で同じ場所へ向かい、みんなで大真面目に変なものを作ったあの時間が形になったことにすごく感動しました。

■本作の公開に伴い小出さんが寄せられたコメントの中で、映画で描かれている『異物』というものを「誰の中にもいるあいつ」という言葉で表現されていたのが印象的でした。小出さん自身がイメージされた「あいつ」とはどんな存在なのでしょう?

小出 私としては、出口のないような日常が続く中で翼を与えてくれる「天使」のような存在だと思っています。日常に満足できないまま、でも自分を変えたり行動する勇気も出せないまま暮らしている人が、日々の中で心がかき乱されながらも、一歩踏み出して少しでも前を向いて歩ける、そんな風に自分を手助けしてくれる存在だと。「異物」という言葉からくるイメージとはちょっとかけ離れているので、私の中の独特な解釈なだけかもしれませんが。

■今回、物語が四つの短編作品の集合となったことで、自分に考えた「あいつ」というイメージは変わったりしたところはありますか?

小出 それは変わらなかったです。むしろ、より私の中の天使説が確信を持ったというか。でもこれは見る人によって様々な解釈ができるものだと思います。

■最後のシーンを見て、ちょっとほろっと来て感傷的な気持ちになりました。「あれ、これコメディーなんだよね?」という不思議な思いも。(笑)

小出 それは嬉しいコメントです。『異物 -完全版-』は観る人によってはホラー的で、予告だけだと「あの映画って怖いの?」と聞かれたこともある一方、コメディー要素もあり、ファンタジー的な要素や、SF要素もある。なのにちょっと泣けちゃうような人生ドラマなんです。本当に見る人によっていろんな解釈ができると思いますし、それぞれの感覚で楽しんで頂けたら嬉しい。みなさんの100通りの解釈を是非聞いてみたいです。

■一方で小出さんの演技についてですが、ある程度セリフのある『適応』『増殖』と比べて、『異物』はセリフもほとんどなく、受け取る側としてはキャストの動きや表情に依存する部分も多く、非常に直感的な認識がメインとなる作品で、演技は非常に難しいものでもあるように思いました。本作で初主演というのも大きなチャレンジではなかったかと。

小出 そうですね。本当に些細な表情や動作だけでその登場人物の心情のすべてを表現しなければいけない。それは本当に難しかったですね。私は映画に関わりたくて役者を目指しましたが、なかなかそんな機会にも恵まれなかったし、掴むことが出来なかった。嬉しいことよりも悔しい思いをしてきた事の方が圧倒的に多かったので、この作品は脚本を初めて読んだ時から、私の中で役者を続けてきて良かったと思えるものになるだろうと確信していました。大きなチャレンジでプレッシャーもあったけれど、何よりも求められる事が嬉しかったし、監督の気持ちに応えるべく、すべてをさらけ出して全力で挑もうと作品に向かって突っ走りました。『異物』を撮影し終わった段階では、もう全力を出し切って、エネルギーを使い果たしていたので、撮影が終わったあとは抜け殻のようになっていました(笑)。

■役自体を演じられた感想としてはいかがでしょう?

小出 私の中にも、カオルと同じようにどこか自分の殻に閉じ籠るような部分があるので、とても共感できました。台詞が無い分、感情に没頭する事が出来ましたし、役柄と感覚として分かり合えた貴重な経験になりました。これからまたどんどんいろいろな挑戦をしていきたいです。