けいちゃん VANITYMIX WEB LIMITED INTERVIEW

アルバムの11曲で綴る輪廻転生とふたりの男女の物語。

けいちゃんが3rdアルバム『円人』を12月6日にリリース。フリースタイルピアニストというスタイルを掲げ、各地のストリートピアノを巡りながらYouTubeなどでも活躍するけいちゃん。ニューアルバムは生死観と生の循環をテーマに、すべての収録曲がひとつの物語の上で繋がり、またループする作品に仕上がった。インタビューではそれぞれの楽曲にまつわる話題を中心に、けいちゃんの音楽性を探る。

■けいちゃんさんは音大出身ですよね?風の噂で国立音楽大学とお伺いしたのですが……。

けいちゃん そうです。今まで非公開だったんですけど、もういいやって思って。(笑) 音楽教育を専攻していました。

■音楽教育科って、どんなことを勉強するところなのでしょうか?

けいちゃん 基本的には音楽の先生になりたい人が多いんですけど、リトミックとか、即興演奏とか、民族音楽とか、幅広い音楽を学べて、僕にぴったりな科だったんです。講義の中には「曲を作ってくる」という課題が出るものもありました。

■高校生の頃にストリートピアノと出会うまではクラシック一筋でしたか?

けいちゃん クラシック一筋でしたね。好きな曲をいろいろ弾かせてもらって、リストとか、ラフマニノフとかをよく弾いていました。

■そんなクラシック一筋なけいちゃんさんですが、高校の頃にストリートピアノで初めて弾いた曲の中には、ゲーム『beatmaniaIIDX』のピアノ協奏曲第1番“蠍火”もありましたよね?ゲームが好きだったのでしょうか?

けいちゃん いや、曲が好きでした。(笑) 「ピアノ」、「カッコいい曲」とかで検索したら出てきて、ゲーム自体は全然知らなかったです。ポップスに転職というか、ポップスをやり始めたのは大学を卒業してからですね。大学ではジャズをやったりもしていたんですけど、ストリートピアノを弾くようになってから、ポップスをやるようになったという感じです。

■ストリートピアノとステージのピアノって、大きく見ると何が違いますか?ストリートではとても強いタッチで大きな音を鳴らす人をよく見るように思うのですが。

けいちゃん ストリートに設置されているピアノは過酷な環境に晒されているので、劣悪な状態のものがよくあるんですよ……。押した鍵盤が上がって来なかったり、力強く弾いても全然鳴らなかったり……。

■なるほど。表現の違い以前に、物理的な問題があるということですね。

けいちゃん なので、ストリートとコンサートホールではピアノの弾き方が全然違うんです。例えば強い音を出す時とか、コンサートホールでは「フォルテを弾く時は脱力してやった方が上手く筋肉を使えて、芯のある音が出る」と言われるんですけど、ストリートではそういう常識が通じない。なので、「魂から震えさせて遠くまで音を飛ばすフォルテをやらなきゃいけない」そういう違いがあります。演奏自体で言うと、ストリートピアノってやっぱり僕のことを知らない通りすがりの人たちにもおのずと聴こえてくるものなので、そういった方たちを「どう楽しませるか」、「どう自分の空気の中に取り込めるか」みたいなことは、演奏はもちろん、パフォーマンスや姿勢といった「見せ方」もすごく意識してやっています。

■もともとのタッチも強めですよね?ラフマニノフとか似合いそうだなと思いました。

けいちゃん ラフマニノフ大好きなんですよね。(笑) タッチが強いとはよく言われます。調律がめちゃめちゃ狂いやすいらしくて、レコーディング中にも調律していただいています。

■今作の中でも“MAIHIME”などには、ラフマニノフやその周辺の作曲家の影響を感じました。ピアノ協奏曲っぽいというか。

けいちゃん “MAIHIME”はピアノ六重奏サウンドですし、ちょっとピアノ協奏曲っぽいコード進行だったりで、いわゆるクラシックの王道を取り入れて作っています。

■ちなみに楽譜は書いていますか?

けいちゃん 楽譜は書きません。今回のニューアルバムでも書いていないです。ストリートでは即興でほぼほぼその場で決めています。

■ニューアルバム『円人』は、コンセプトがあるアルバムだと伺っています。全体を通してひとつのストーリーを描いているのでしょうか?

けいちゃん そうですね。このアルバムは「死生観」や「人生の循環」みたいなものをコンセプトに掲げています。登場人物としては男性と女性がいて、男性の方が亡くなり、魂が現世を彷徨ったり、ちょっと成仏しかけて天国で舞い踊ったり。女性の方は男性が亡くなったことを嘆き悲しんで、男性はまた新しい肉体を手にいれ、新たな生のスタートを切っていく……みたいな、そんなループした物語になっています。

■そのストーリーができたことにきっかけはありましたか?

けいちゃん ストーリーができたのは曲がいくつかできてからで、それから根本が繋がっていったという感じです。アルバム収録曲の中で最初にできたのは“シンフォニア”で、主軸になったのは“夜行 feat. majiko”ですね。この曲ができてから明確にストーリーが見えたというか、方向性が決まった感じがありました。

■“夜行 feat. majiko”や“馬の耳ドロップ feat. majiko”では特に顕著なのですが、曲調がところどころで激変しますよね?J-popではあまり聴かない表現ですが、そこが面白かったです。

けいちゃん このアルバム自体がひとつの物語にはなっていますが、曲ごとにも物語を作りがちで、驚きを与えるのもすごく好きで。曲調を激変させることによって引っかかりを与え、わざと急ブレーキをかけることによって、人の「耳を傾かせたい」みたいな意図があり、急展開などを入れがちです。

■私は見事に引っ掛けられたというわけですね。(笑) それにしても“馬の耳ドロップ feat. majiko”は挑発的なナンバーですよね。賞味期限切れは気にしないタイプですか?

けいちゃん 僕は気にしないですね。もうね、家に牛乳が溢れかえっているんです、飲みきれなくて。(笑) パンとかもね、パン屋さんが開けるくらいあります。(笑)

■そ、それはなんというか……。(笑) この曲は実体験を元にしてできた楽曲なのでしょうか?何か言われちゃったりしますか?

けいちゃん やっぱり表に出ているとね、いろんなこと言われたりするんですよね。この曲を書いていた時期には、誹謗中傷を受けて亡くなってしまう方のニュースが立て続けにあったりして、そういった方たちの代弁者というか、そういうものになりたかったんです。誹謗中傷に言い返せない人たちも結構いるので、そういう人の背中を押したいというか、代わりに言い返すみたいな、そういう気持ちがありました。今作のアルバムの中で、この曲だけは詞から先に作っています。

■でも、この曲を出すことにリスクを感じませんでしたか?

けいちゃん だから途中で「うっそぴょーーーん!!!」って言っているんです。(笑) あんまり言いすぎるとアレなんで、「ま、冗談だから!」みたいな感じで。そこでちょっと保険をかけています。(笑)

■“馬の耳ドロップ feat. majiko”を含め、今作にはmajikoさんとのコラボ曲が3曲ありますよね。こちらは先に曲があったのでしょうか?それともmajikoさんのコラボ予定が先にあったのでしょうか?

けいちゃん 最初に“馬の耳ドロップ”と“愛葬”をmajikoさんの声でやりたいと思って、majikoさんがOKしてくださったので、歌声に合わせて作っていきました。majikoさんとは今回初めてお会いしたのですが、彼女の曲は元々聴いていて、「人の心を震わせる声の持ち主」だと思っていました。今回は胸を締め付ける声質が欲しかったんです。majikoさんは他のアーティストが持っていない何かを持っていると感じています。

■3曲ともmajikoさんの歌声の違いを感じられるのも面白かったです。

けいちゃん 彼女自身も「こういう曲を歌うのは初めてで、意外と私こういう曲もできるんだなと思った」と言ってくれて、良かったです。

■新しい扉を開けた感じなんですね。

けいちゃん そうそう。だからmajikoさん、これからラッパーになるかもしれないですよ。(笑)

■majikoさんは実際にお会いしてみて、どんな方でしたか?

けいちゃん 「女版けいちゃん」みたいな感じで、すごく親近感がありました。(笑) 歌う時と普段とのギャップというか、スイッチの切り替えがすごく印象的でした。

■“愛葬 feat. majiko”はMV撮影の舞台裏映像がSNSにあがっていましたね。完成したシリアスな映像とのギャップがあって、すごく面白かったです。

けいちゃん あのMVは倉庫みたいな所で撮ったんですけど、スモークの換気か何かで扉を開けている時に、構わずにピアノを弾いていたら、近所の小学生たちが集まって来ちゃって……。(笑) サービスで3曲くらい弾いてあげました。弾いたのは“アイドル”と“唱”と“千本桜”だったかな?

■“千本桜”ってもう12年前の曲ですよね?!今の小学生にもわかるって、すごいロングヒットですね。

けいちゃん あの曲はね、義務教育ですから。(笑) もう「永遠」って感じですよね。

■すごい!もうスタンダードナンバーだ。(笑) majikoさんをフィーチャリングした3曲はストレートに意図が伝わるものが多かったのですが、“夜行 feat. majiko”だけはテーマが少し難解に感じました。

けいちゃん これは亡くなってしまった男性が、現世に生きる女性の前に立ち尽くしている……みたいな曲です。自分には相手の姿が見えているけど、相手には自分の姿が見えない。その情景を描いた作品なんです。

■なるほど。とてもしっくりきました。アルバムにはこの他、ご自身のヴォーカル曲が2曲ありますが、失礼ながら「ピアノを軸に置いたアーティストの割りに、ピアノサウンドを前面に押し出した曲が少ないな」とも思ったんです。

けいちゃん あえてピアノをガンガン前に出さなくてもいいと思っているんです。僕はあくまで作曲者で。ピアノはベースにあるけど、別に見えなくてもよくて。主役にならずに脇役になることもあるし、でも主役になることもある。ピアノは音楽の一部になってくれればそれで十分だと思います。

■それはアーティストとして、すごく大事なところかもしれませんね。

けいちゃん 「ピアニストだからピアノをメインにして、音も大きめに出さなきゃ」みたいなものは一旦置いておいて、作品を作る上でどういう形が1番良いのかを考えています。「もうちょっとピアノを出した方がいいんじゃないの?」、「もうちょっと激しめのフレーズ入れた方がピアニストっぽいじゃん?」みたいなことも言われたりしましたけど、「いや、この曲はそういうのじゃないんです!」って。

■プロデューサーに近い感覚なのかもしれませんね。“シンフォニア”は映画『美男ペコパンと悪魔』の主題歌ですが、映画の内容に合わせて1から作曲されたのでしょうか?

けいちゃん そうです。ストーリーに沿った内容になるようにというか、テーマに沿っています。映画のテーマは「真実の愛を探す」だと感じたので、主にそれを念頭に置いて、葛藤や戦いを描きました。