パスピエ VANITYMIX WEB LIMITED INTERVIEW

■この曲は和声進行の感じも面白いですね。和声や理論は意識されますか?

成田 理論から外れても、自分の中で成立していると思えばOKという部分は結構あります。デモをDTMで打ち込んで、「違うかも」と思っても、スタジオで生ならではのいろんな歪みだとか、そういうのが起こった上で、「これアリかも」と思ったら、採用しちゃうことも全然あるんですよ。

■リズムの引っかけもすごく面白いです。

成田 ありがとうございます。実はこの曲、一定のBPMで進んでいるわけじゃなくて、ざっくり言うとフリーテンポなんですよ。イントロはちょっと遅めに始まって、後半に向けて早くなっていくみたいな作りではあるので、打ち込みなんだけど、ちょっとバンドっぽさみたいなものは意識してみました。

■歌詞の中の「世界はどうやら作れるらしい」というところは、どんなことを意識したワードですか?2009年頃といえばそれこそネットが大きく発展した時期ですが。

大胡田 ネットの発展というよりも、自分たちのことを歌っています。2009年はパスピエの結成年ですからね。

■2009年と2025年、パスピエの1番変わったことはなんですか?

成田 変わったようで変わらなかったと思います。言い方が難しいんですけど、結成から15年経って、やっぱり人って考え方が変わると思うんですが、うちのメンバーは誰ひとり変わっていないです。(笑) そこは世間から見ても変わっているところだと思います。

大胡田 ビジュアルは変わっていないですね。髪型もほとんど変わっていないです。(笑)

■ビジュアルは確かにあまり変わっていないですね。お若いままです。(笑)

成田 自分でもなんかこう、自分のバンドのことを定義できないというか。なんならメンバー自身、いろんなことを変えようとはしているんですよ。大胡田だったら歌の表現だったり、デビュー当時の作品と今の声質は全然変わってきているとは思うんです。でもその中で、変わりつつ変わってない、変えないでいるところというのは、自分たちの面白さなんだろうなと思います。

■次の曲“電影夢想少女”は、それこそ結成当初に作られた曲ですね。楽曲構成的には王道のポップスという感じがしたのですが、対照的に楽器がゴリゴリ個別の動きをしてるという。(笑)

成田 これは15年も世に出してなかった曲なんですけど、結成当時の自分はまだバンドでどうやって作曲していくかのイロハも何も知らなくて。コードとかもそこまでわかんなかったので、「初めまして、これから一緒に音楽作っていきましょう」みたいな時に、メンバーに五線譜を渡したんですよ。(笑) コード的な縦割りのものではなく、それぞれの楽器が横軸で動いていて、重なった時にたまたまコードになるのが面白いよね……というのが自分自身の出自だったし、バンドでもそれをやったら面白いなと思って。だから久しぶりにこの「“電影夢想少女”をまた1から作ってみるぞ」となった時、当時の自分の音楽に対する考え方を思い出しました。

■五線譜を渡すのは音大生あるあるですよね。(笑) ただ、メンバーのみなさんも専門学校卒の方が多いから。

成田 そう。五線譜を渡されても大丈夫ではあったんですけど、やはり戸惑っていました。(笑)

■今回の音源のアレンジはリライトされているんですか?

成田 リフだったり、そういう部分で変えたところもあるんですけど、コードや歌メロは基本的に一緒です。

■歌詞については?

大胡田 歌詞は全部変わっています。昔ライブでやっていた歌詞とかは1文字も入っていないです。(笑) やっぱり今ね、過去に言っていたことを素で言うのって、結構キツいんですよ。なので、スパっと変えました。(笑)

■ファンとしては昔のバージョンも聴きたいとは思いますが、確かに厳しいですよね。(笑) そして“トゥパリタ”ですが、これはストレートにディスコですか?

成田 ディスコというか、トラックメーカーの作品をたくさん聴いて、その中で踊れつつ攻めたことをやっている人たち、それこそ共通の好きなアーティストではあるんですけど、アクフェンの全楽器に左右のパンを振り分けて曲を作っている感じだとかを参考にして。あと、僕が好きなLuckyMeというレーベルのアーティストの曲のエッセンスを取り入れつつ、パスピエらしさも入れつつですね。

■歌詞は特に響き優先に思えましたが?

大胡田 そうですね。なんかもうサウンドが自分の好みだったので、結構ノリノリで書きました。でも内容的には、そんなブチ上げみたいな感じでもないです。むしろ若干うつ気味ですが、そういう言葉を載せてもこの曲のノリがあれば大丈夫だろうと思ったんです。

■言葉の響きも曲調も含めてずっと頭の中に流れています。(笑) “新擬態”も歌詞については比較的わかりやすいと思います。元ネタのようなものはありますか?

大胡田 全然ないです。元ネタは無いタイプなんです。曲とメロディからインスピレーションを受けて、音を聴いて浮かんだ景色から書くことが多いです。この曲はデモの段階ではCD音源より完成されていなくて、そこから作りました。

■サウンドのビリビリした不安定な感じは、なぜこうしたのでしょうか?

成田 楽曲の持つ雰囲気として、おどろおどろしさもありつつ、でもどう転んでもダウナー調になっちゃうのをダウナーに収めたくなくて。それは後に控えている“溶けて”でしっとりした感じを出したかったからです。スローテンポだし、おどろおどろしさもあるんだけど、サビのメロディをみんなが歌いたくなるような感じにしたくて。どちらかというとサイケ路線に持っていけたらいいかなと思いました。

■なるほど。歌詞と曲調の違いが興味深かったです。続く“sui-sou”ですが、セルフライナーノーツを見た時は、もっと“沈める寺”や“水の戯れ”みたいなものを想像していたのですが、聴いてみたら“西風の見たもの”じゃないですか?

成田 そうですね。(笑) まず「水」のモチーフがぼんやりとありました。というのも、それこそ印象派の作品に「水」をモチーフとしたものが多いので、水を冠したクラシック作品はどうなっているんだろうと聴き返し、こういう和声で、こういう音の動きがあって、みたいなことをとにかくやっていって。それで、歌メロを考えてた時、印象派の「水」をテーマとした楽曲には、たゆたうような流れのものが多かったので、今回はちょっと跳ねた感じのメロディラインがいいなと思いました。大胡田には「水なんだけど、ちょっと跳ねるイメージを散りばめてほしい」みたいなことを言いましたね。

■作曲の際に何を聴かれましたか?ラヴェルの水3部作とか?

成田 それも聴きました。というか水に関するクラシックのピアノ作品は結構弾いてきたので、こういう方が手癖なんですよね。モチーフで言うと“喜びの島”かな。

■さすがピアノ科、やっぱり弾いてきていますよね。歌詞にはあらゆる水に関する表現が出てきましたが、この曲の「水」はどういった水のイメージなのでしょうか?

大胡田 私、水が好きなんですよ。印象派絵画にも水をモチーフにしたものが多いし。昔、小説とかも書いていたことがあるので、割と物語調にするのも好きなんですけど、成田さんはもっと音と言葉が合わさった時のインパクトみたいなものを大事にしている方なので、そういう時に、「いやここはこうで」、「いや違う、ここを変えるとダメなんだ」というやり取りがあったりします。でも本当に全曲、最初にあるのがAメロだったとしたら、Aメロから順に詞を書くタイプです。

■物語を組み上げるように詞を組み上げるんですね。お二人にとって水はどんなモチーフですか?

成田 それこそ印象派らしいモチーフだと思っています。自分たちのバンド名のことを考えても、切っても切れないものですね。

大胡田 水はいろんな姿になるもの。水蒸気になっても元は水だし、氷になったりもするし。いろんな姿を見せてくれるものですね。

■ちなみに成田さんが好きなクラシックの「水の曲」は?

成田 ベタですが、やっぱ“水の戯れ”とか。“雨だれ”もいいですよね。あと、“雨の庭”かな。

■どれも名曲ですね。そして“溶けて”が最後に入って2連作が終わるわけですが……。この曲が最もストレートな作品に感じました。作り手側としてはいかがでしょうか?

大胡田 作詞した時は「これが最後の曲」とは決まっていなかったので、たまには日常を描きたくなって書きました。自分の日常風景でもあるし、多分、多くの人にとっての日常風景でもあるし。それを一緒に感じてくれたら嬉しいなという気持ちで、結構素直に書きましたね。

■こんなに「共感」を狙った歌詞って、パスピエの曲の中では珍しくないですか?

大胡田 珍しいです。アルバムの中で1曲入れるか入れないかぐらいなんですけど、2つ前のアルバムくらいから、ちょっとこういう大人な日常の人間らしさも出していっていいかなという気持ちになりました。

■サウンドの方も、これは素直に聴いていくべきでしょうか?

成田 そうですね。というよりも、この曲は多分、15年やってきた中で初めてリズムパートが無い曲なんです。ドラムが抜けていった時には、ドラマーがいた時代のバンドサウンドをそのまま引き継ぐのか、打ち込みにトライしていくのかで悩み、紆余曲折を経て進んで来た15年なのですが、その中でも揺るぎない4人のメンバーというものがありました。その4人だけで演奏することは、バンド音楽という定義の上では不完全なものかもしれないんですが、それで1曲、最後に締めるというのが、パスピエならではのことなんじゃないかなと思いつつ……。あとは冒頭で「15周年はおめでたい年ではあるけれど、通過点でしかない」と言ったように、この不完全さをもって、「ここでお腹いっぱいじゃないですよ、これからもよろしくね」という意味合いも、音で表現できたらいいなというのがありました。

大胡田 その話を聞いた時に、「すごくいい!」と思いました。バンドのストーリーとしてすごくいいし、それで終わるというのもいいし、やっぱり成田さんはリーダーなんだなと改めて感じて。パスピエってバンドをやっていてよかったなと。

■いい話ですね。2作とも派手に始まってしっとりした曲で終わるんだという意外性はありました。

成田 なるほど。でも過去に出したフルアルバムの中には、結構しっとりと終わらせるものもあったんです。「今作は刺激的な方向でやろう」というのは、ここまでの収録曲で十分伝えられたかなと思いますし。だから最後にこういうテイストの曲を置いておきました。

大胡田 あと、最後がこういう感じの曲だと、例えばこのアルバムをリピートして、最後から1曲目に戻った時に、すごく気持ちいいと思うんです。また1曲目を何回も聴けるような流れに持っていけているなと自分では感じています。

■そう言われると確かにまた繰り返して聴きたくなりますね。ところで「89℃のバター」とはなんですか?

大胡田 私の中でのバターが溶けて消えてしまう高温が89℃なんです。私の世界の話ですね。(笑) ホントのバターが89℃で溶けるわけじゃないです。というか、焦げて消えます。(笑)

■そういうことでしたか。なんだか美味しそうな表現でした。(笑) さて、4月には15周年集大成ライブがBunkamuraオーチャードホールで予定されていますが、どんな公演になりそうですか?

成田 まず、メンバー以外にストリングスとブラスを入れてやる公演になります。それを抜きにしても、パスピエがいろんな引き出しだったり、いろんな音楽に挑戦してきましたというので、それをリスナー側に繋げるゴールになればいいかなと。それとやっぱり、自由に楽しんでほしいというのはありますね。ホールで椅子があるし、開放的だし。

■自由に楽しむ。いい言葉ですね。

成田 僕が思うに「自由に楽しむ」というのは、「個」がどれだけ自由に楽しんだ上での集合体になれるかということだと思います。それは自分自身への戒めとして、そうあるべきだと強く思っていて。そういうこともあるし、ホール公演というところで、しかもクラシックのホールで、会場にはもちろん立派なグランドピアノがあるので、バンドの歴史や僕が通ってきたクラシックのルーツ、いろんなものを盛り込んで表現できたらいいなと思っています。

大胡田 本当に「もう15年間か~」というね。(笑) パスピエのことをご存じなかった方や、活動途中から聴いてくださっている方も、この「15年やってきているバンド、パスピエというのは、今こういうふうになっているんだ、これが15年という時の流れだったんだな」というのを、その場で感じられるような公演にしたいです。あと、やっぱり特別記念公演なのでね。人生の中で特別記念な日にしたいです!

Interview & Text:安藤さやか

PROFILE
2009年に成田ハネダ(key)を中心に結成。バンド名はフランスの音楽家ドビュッシーの楽曲が由来。卓越した音楽理論とテクニック、70s~00sまであらゆる時代の音楽を同時に咀嚼するポップセンス、ボーカルの大胡田なつきによるMusic Videoやアートワークが話題に。2011年に1stミニアルバム『わたし開花したわ』でデビュー。その後、数々の大型ロックフェスにも出演、対バン形式の自主イベント“印象”シリーズや全国でワンマンツアーを行い、好評を博す。2016年には単独で日本武道館公演を行い、成功を収める。2024年にはバンド結成15周年を迎え、2024年8月28日には、ニューアルバム『あちゃらか』をリリース。New Albumを引っ提げたワンマンツアー『パスピエ 2024 TOUR「あちゃらかカリギュラ」』を東名阪3箇所で行う。15周年集大成ライブ『結成十五周年特別記念公演“十五年艦”』が2025年4月13日(日)にBunkamuraオーチャードホールで開催される。
HP:https://passepied.info/
X:https://twitter.com/passepied_info
YouTube:https://www.youtube.com/@PASSEPIEDChannel
Instagram:https://www.instagram.com/passepied.info/
TikTok:https://www.tiktok.com/@passepied_official

RELEASE
『カリギュラ』

初回生産限定盤(CD+BD)
※スリーブケース仕様
POCE-92165
¥5,500(tax in)

通常盤(CD)
POCE-12212
¥2,500(tax in)

UNIVERSAL MUSIC
2月19日 ON SALE