生まれ育った厚木で躍る思い出と歌声。
NakamuraEmiが生まれ育ち、今も暮らす神奈川県厚木市は、国道246号を湘南ナンバーの車が走る、ビル風の強い町だった。NakamuraEmiが9月6日(土)、神奈川・厚木市文化会館 大ホールで『NakamuraEmi 10TH ANNIVERSARY LIVE in 厚木市文化会館 〜 ただいま & いらっしゃいませ 〜』を開催した。会場に入ると、ステージの上には竹カゴに似たオブジェクトが鎮座し、天井からは木でできた額の中に流木が吊られている。薄くモヤがかかる中、聞こえてくる子どもたちの声は、NakamuraEmiがこの地元で愛されていることを象徴するかのようだ。開演時間を過ぎれば、カワムラヒロシのアコースティックギターが拍手のあとの静寂を打ち砕く。柏倉隆史の歌うドラムに、心地よく響くまきやまはる菜のベース、伊澤一葉の指先から弾けるピアノ。それらが形作るラグジュアリーなサウンドが、光の中に溶けていく。そこに現れたNakamuraEmiは、ギターのカッティングと煌びやかな照明を一瞬でわが物として、“YAMABIKO”に歌声を躍らせた。

本公演は地元への凱旋ということもあってか、マイクを貫通した肉声が壁に反響するほどの歌声には冒頭から脂がのって、“Don’t”で熱狂を産む。“大人の言うことを聞け”ではリズムに足踏みし、高らかな歌声がどこまでも伸びていく。手拍子を誘われたオーディエンスが手のひらを打ち鳴らせば、めまぐるしいライトの回転の中、NakamuraEmiの声が胸を貫いた。4曲目の“雨のように泣いてやれ”には、光が作るカーテンの向こうから白く高い天井へNakamuraEmiの歌が響く。それが途切れた瞬間に、巨大な拍手と大歓声が沸き起こった。「改めまして、厚木市文化会館にお集まりのみなさん、こんにちは!NakamuraEmiです!」オープニングを終えた後の定番の挨拶にも、激しい拍手の雨が降り注ぐ。NakamuraEmiにとってこの厚木市文化会館は、成人式を迎えた場所。そこでライブができることは、NakamuraEmiだけではなく、厚木市民にとっても大きな意味を持つことだろう。オーディエンスの中にはもちろん彼女の見知った顔もある。

NakamuraEmiはバンドメンバーを紹介し、日産自動車で働いていた頃の事を語る。オフィスオーガスタから声がかかった際、日産自動車の上司にどうしようかと相談したところ、上司は「俺、BARBEE BOYSの杏子さんのファンなんだよね。だから行って来い。ダメだったら戻って来い!」と背中を押してくれたという。そんな会社員時代の頃を歌った“使命”は、決して明るく楽しい曲ではなく、むしろ社会人の苦い部分を歌った曲だ。しかしその「苦さ」はNakamuraEmiの音楽を削り、研磨して、彼女の存在を宝石にまで仕立て上げる。序盤はアップテンポなナンバーが続いたライブだが、“東京タワー”からはしっとりとして、アンニュイな煙臭さを帯びる。彼女が歌う「夜」は重く苦しく孤独に満ちて、それでいて、どこか自由だ。赤い光の柱がそびえる中、NakamuraEmiは静かに天を仰ぐ。「今日はロビーで大好きな仲間たちがお店を出してくれていて、それに並んでいるみなさんの様子を見て、嬉しくなりました」NakamuraEmiが語るように、この日、ロビーでは厚木の商店などが出張してきたり、NakamuraEmiについて載った地域新聞が配られたりしていた。

その中のひとつ、味噌店「いかりみそ」の店主がスケートボードをしている姿や地元の友達が決意する姿を見て作ったという“スケボーマン”で、強いスポットライトにぼやける輪郭。甘やかなピアノの音色の向こうに身体を揺らすNakamuraEmiの壮絶な歌声の背後には、彼女が知る「生身の人間」の姿がある。続く“おむかい”は、NakamuraEmiが初めて一人暮らしをした時、オンボロアパートの向かいの一軒家の家族がとても温かく優しかったことから書かれた楽曲。心躍るベースから語り始められる「おむかいさん」の人物像は、ひとりの思い出から歌となって羽ばたき、ここで「みんな」の思い出になっていく。途中のMCで、「今日、初めて厚木に来たって人~?」と問うてみたNakamuraEmi。すると9割ほどの観客が手を挙げて、NakamuraEmiとカワムラヒロシは笑みをこぼす。「どう?厚木、フツーでしょ?(笑) そこがいいんだけどね」「隣の海老名はどんどん発展していくんだけどさ」の言葉には、厚木市民ほど笑っていたのかもしれない。

ところで、NakamuraEmiは隣人と仲良くなる才能があるらしく、ライブ前夜も隣家の女性に誘われてサンドイッチとコーヒーをごちそうになったそう。プロデューサーのカワムラヒロシが暮らしていた際の隣の家族ともNakamuraEmiが仲良くなり、その頃に生まれた赤ん坊が中学生になって、NakamuraEmiの歌のファンになった今も付き合いがあるらしい。そんなNakamuraEmiは、母親も自分も保育士として働いていた経験があり、かつては当たり前のように「いつか自分も子どもを産んで、母の腕に孫を抱かせるのだろう」と考えていた。しかし40歳を過ぎた今、NakamuraEmiは母になるか、ならないかの狭間にある。「お母さんにならなかったら、その分、誰かの頭をたくさん撫でてあげようと思います」優しい言葉とともに、NakamuraEmiはオーシャンドラムを回しながら、まだ出会えていない自分の子どもに向けて、“いつかお母さんになれたら”で静かな祈りの言葉を紡ぐ。マイクに拾われた波音がホールに満ちれば、空想の世界にも潮が満ちていく。

続く“一円なり”は、デビュー時のインストアライブに、幼い頃通っていたそろばん教室の先生が来てくれたことから作られた曲。人生における全ての経験が彼女を形作っていることを象徴するこの曲で、最後はそろばんを弾く音だけが残った。しっとり歌い終えたNakamuraEmiは、ここで美しいステージセットを紹介する。今回のステージセットは厚木の木材加工店「remark」が手掛けており、ステージ中央のモニュメントは厚木から見える大山をイメージしたものだそう。NakamuraEmiは「一生このセットで生きていきたい!」「今日は木と愛情に囲まれてライブしていきたいと思います」と幸せそうだ。次の曲“MICHIKUSA”は、厚木市の市制70周年を記念して作られた、まさにこの日にぴったりな楽曲。愛と希望に満ちたメロディに浮足立つ歌声が跳ね、ファンは手拍子でそれに応える。

“祭(feat.Mummy-D)”では紙垂のような布の連なりが天井から降り、ステージの雰囲気が一変。サビにあわせて振られる観客のうちわに風が巻き起こり、みんなの髪が揺れる。ここでNakamuraEmiは、「私の憧れの方を厚木に連れて来たよ!」と、スペシャルゲストのMummy-D(RHYMESTER)を呼び込んだ。彼が韻を踏めば、バスドラムの響きとNakamuraEmiの歌声はまるで祭囃子。Mummy-Dは威勢よく、会場をやんややんやと煽り立てる。「改めまして、Mummy-Dです。よろしくお願いします!」1曲でヒートアップしすぎて小休止したふたり。Mummy-DはNakamuraEmiにとって「出産してくれたひと」と語るほどに影響を受けたアーティストだ。ちなみにMummy-Dはこの日、観客としてライブを訪ねるつもりでいたが、「それなら(ステージに)出てくださいよ」との流れで出演することになったらしい。また、Mummy-Dはこの日、早めに到着して厚木を満喫したらしく、ふたりは地元トークで厚木市民から爆笑をかっさらい、“ONCE AGAIN”で再び歌声を重ねる。最後にMummy-DはNakamuraEmiと抱き合い、ステージを後にした。

その余韻も冷めきらぬうち、“梅田の夜”の情熱的なサウンドに誘われ、観客のクラップが重なる。渦巻くビートを貫いて繰り出されるリリック、それを受け止めるバンド。続く“かかってこいよ”で、NakamuraEmiは光の粒を浴びながら汗を拭い、力強く歌を紡ぐ。きっと今の彼女は、己に襲い掛かる全てのものをその歌声で迎え撃つのだろう。「今回のライブ名は、はじめましての人も、久しぶりの人もいるかなと思ってつけました」と伝え、ライブも終盤に。NakamuraEmiは幸福そうに息を切らせながら、ライブ名の由来と、観客や家族への感謝を述べつつ、「今会える家族とたくさん会ってほしいなと思います」とファンへ語り掛ける。そんな彼女が自身の家族のことを想い作った“めしあがれ”は、実家に戻った時の複雑な感情を、飾らない言葉で歌う曲。マイクひとつとアコースティックギターひとつ、照明の効果も借りずに実家の様子と、年々老いていく両親の現実とを赤裸々に明かす詞は、聴く者の胸に深く突き刺さる。この日会場にいた幼い子どもたちも、いつかこの曲に想いを寄せる日が来るのだろう。

続く“メジャーデビュー”は、「この世界は素敵なところだなと思って作らせてもらった」曲。優しい語り口とは対照的にかき鳴らされるギターはやがてバンドサウンドを呼び込み、NakamuraEmiの小さな身体から歌声がほとばしる。ここまで17曲を歌って、ひとつ区切りをつけたNakamuraEmiは「とってもスペシャルなお知らせ」と称し、対バンライブ『背負い投げ』の2026年1月31日(土)公演にUVERworldが登場することを発表。「声かけるだけタダやろ!」とオファーしたところ、対バンが決まったそうで、悲鳴を上げて喜ぶファンに、NakamuraEmiとカワムラヒロシも嬉しげな様子を見せる。また、NakamuraEmiはファンへの感謝の気持ちを込めた新曲“デイジー”の配信リリースを発表。そのまま動画撮影を許可し、同曲を披露した。“デイジー”はいつもそばにいる全ての「あなた」を愛して励ます歌だ。スマートフォンの中に残ったこの日の映像は、いつか皆の思い出と、日々のお守りになっていく。リリース前の曲ではあるが、観客席からはシンガロングも起こった。

「でっかい目標を立てないといけないと思うけど、自分にはいろんな人とライブをすること、そのライブを成功させることで精一杯なんです。大きな目標ではないけど、皆さんの町のライブハウスで歌える心と身体でありたいと思います。今日は私の街に来てくれて、本当にありがとうございました」「では、最後の曲をやります!厚木の街で作った曲です、みんなの応援歌になれたら幸いです。“YAMABIKO”!」ライブの最後、この夜の幕開けを飾った曲が、再びここで歌われる。輝かしいドラム、脈動するベース、変幻自在に歌うピアノ、音色とともに光が散るギターと共に。途中ではMummy-Dが再登場し、「厚木のために帰ってきたぜ!」の台詞と共にラップで観客を盛り上げる。「Emiちゃんおめでとう!」の言葉には、会場中から笑顔がこぼれた。「今日ここに来れなかったNakamuraチームの皆さんにも大きな拍手を!ありがとうございました!」歌声に包まれるホール。ステージでは背後の幕が上がり、舞台裏の装置が丸見えになる。そんな中でスタッフやファンに何度目かもわからない感謝を贈り、NakamuraEmiは笑顔を弾けさせて舞台袖へと帰って行った。

アンコールではギターを持ったカワムラヒロシとふたり、マイクもアンプもないまま、「辛い時に読んだ、ダンボールいっぱいに届いたファンレターへのお返しとして書いた曲」だという“ファンレター”を披露。ステージを降りたNakamuraEmiは観客席を巡り、ファンの頬に触れ、子どもの頭を愛おしそうに撫でて、2階席へも上がっていく。彼女がオーディエンスの中にそろばんの先生を見つけたときには、自然と拍手が上がった。観客の歌声は次第に“YAMABIKO”へと変わり、大きく膨らんでいく。「舞台装置が素っ裸になってること、気付きましたか? 私も素っ裸で、これからも素直に生きていこうと思います! 今日はありがとうございました!」歓声に包まれながら舞台の上に戻り、2時間半のステージを歌い切ったNakamuraEmi。その小さな姿が緞帳の裏に隠れても、拍手が鳴り止むことはなかった。

Text:安藤さやか
Photo:古賀恒雄
『NakamuraEmi 10TH ANNIVERSARY LIVE in 厚木市文化会館 〜 ただいま & いらっしゃいませ 〜』@厚木市文化会館 大ホール セットリスト
01.YAMABIKO
02.Don’t
03.大人の言うことを聞け
04.雨のように泣いてやれ
05.使命
06.東京タワー
07.スケボーマン
08.おむかい
09.いつかお母さんになれたら
10.一円なり
11.MICHIKUSA
12.祭 (feat.Mummy-D)
13.ONCE AGAIN with Mummy-D
14.梅田の夜
15.かかってこいよ
16.めしあがれ
17.メジャーデビュー
18.デイジー
19.YAMABIKO with Mummy-D
ENCORE
01.ファンレター
セットリリストプレイリストはこちら
https://nakamuraemi.lnk.to/10THLIVE