コスパとタイパに囲まれた便利な世の中に問う「不便さの大切さ」。
ポカ=ユイチンによるソロユニット・ポニーテールリボンズが、3月3日にニューシングル『コスパタイパ feat.102』を配信リリース。北海道出身の盟友・102(ワンオーツー)を迎えた今作では「コスパ」や「タイパ」といったよく聞くワードを、ポップなリズムで表現。世間を風刺しつつ、便利さに囲まれたこの時代に「本当に大切なものは何か」を問いかけるメッセージ性のある楽曲に仕上がっている。
今回のインタビューでは、ポカ=ユイチンが楽曲に込めた想いや、「便利な時代における不便の大切さ」を語ってもらった。
■最初にポニーテールリボンズさんというグループ名を聞いた時、失礼ですがアイドルさんだと思って……。(笑)
ポカ=ユイチン アイドルですよ!(笑)
■でもポカ=ユイチンさんは、ポニーテールでもリボンでもいらっしゃいませんよね。(笑) ユニット名の由来はどこからきたのでしょうか?
ポカ=ユイチン 実は、特にないんです。(笑) もう22年もやっているんですが、22年前に友達につけてもらった名前でして。あの時はこんなに長くやるとも思っていなかったので、「ポニーテールリボンズっていう名前で、男の人が出てきたら面白いんじゃないか?」というところから始まって、いまだにやっています。
■これまで改名を考えたことは?
ポカ=ユイチン 無いです。何年かやっていくうちに、周りの人たちが深読みしてくれて、「ポニーテールリボンズというのは、いろんな音楽のジャンルを一つに束ねているという意味があるんでしょうか?」などと聞かれたので、以降はそういうことにしています。(笑)
■なるほど。(笑) ちなみに活動名義のポカ=ユイチンの名前の方に由来はあるのでしょうか?
ポカ=ユイチン これも特にないんですけど、結成当初はもっとメンバーがたくさんいて、「日本語学校で出会った謎の外国人集団」みたいな感じでやり始めたんですよ。あの頃はネットもなくて、Web2.0になり始めたくらいの頃だったので、一方通行で配信することが多かったし、「謎が多い方が面白いんじゃないか」という想いがあって。それで、僕は「謎の中国人留学生」みたいなノリで「ポカ=ユイチン」と名乗りました。そうしたらポンポンと上手くいって、沖縄のメディアで取り扱われることがあったんです。そうなると「地元を明記してほしい」と言われることが増えてきて、僕は苦肉の策で「北京の隣の浦添市出身」と言っていたのですが、だんだんと面倒になってきて、その設定は今は無くなりました。(笑)
■無くなったんですね。(笑)
ポカ=ユイチン 沖縄には「外間(ほかま)」という苗字があって、そこから「ポカ」が来ていて、「実は本名はホカマユウイチなんじゃないか?」という説もありますが、それも否定はしていません。(笑)
■全てが謎に包まれていますね……。ちなみにポカ=ユイチンさんはツインテールとか、おさげでいらっしゃいますよね?どうしてユニット名の通りポニーテールにされないのでしょうか?
ポカ=ユイチン ツインテールとかおさげになったのもここ2年ぐらいなんですよね。(笑) 元々は髪型にもこだわりがなくて。でも、ポニーテールにすると、真正面からは見えないから、ちょっとインパクトに欠けるということで。(笑) それにツインテールにしていると「ポニーテールじゃないんだ」という今みたいな絡みができるので。
■確かに。(笑) 見事にノせられちゃいましたね。数年前からは東京に拠点を移していらっしゃるということですが、沖縄にいた頃との違いは何かありますか?
ポカ=ユイチン そうですね。やっぱり東京は人が多いので、ボランティア活動として、渋谷のハチ公前で外国人を整列させるボランティアをやっています。
■その恰好で?
ポカ=ユイチン はい。なるべく目立たない格好でやっています。でも上手くいかない時の方が多くて、ちょっと注意されたりもします。(笑)
■なるほど……。話は変わって、音楽のルーツはどんなところですか?
ポカ=ユイチン 音楽の入りはベートーヴェンです。小さい頃に、よく寝る前に母親が本を読み聞かせしてくれたんですよ。僕自身はあまり覚えていないのですが、ベートーヴェンの伝記を読んでもらった時だけは、全然眠らずに話を聞いていたらしく、「もっと聞かせて」とせがんだそうです。父親は「そんなの別の本を読んだらすぐに興味なくなるよ」と言っていたそうですが、ピアノ教室には通わせてもらったんです。でも小学校5年生くらいの頃になると、「ピアノを弾いているなんて女の子みたい」と友達に言われたことがショックで、急にピアノをやっていることが恥ずかしくなって辞めてしまいました。ただ、僕が知っている有名なピアニストはみんな男だったんです。それで、中学生になった時に「男でもやっていい楽器」と言われてギターを貰い、ギターにのめりこんでいきました。
■そういう年頃ってありますよね。そこから先はどんなアーティストに憧れていったのでしょうか?
ポカ=ユイチン 初めてビジュアル系のX JAPANやLUNA SEAを見た時、女の人がやっているのかな?と思ったんですよ。でも、実際は男の人が真面目にやっているわけじゃないですか。当時はふざけているように見えていながら、でもちゃんと音楽をやっているところがすごくカッコよく思えて、そういった音楽をどんどん好きになっていきました。高校生ぐらいになると、「洋楽」も聴き始めて。そうしたらなんだか、「邦楽はカッコ悪い」みたいに周囲が言い始めましてね……。(笑)
■そういう時期もありますよね。(笑)
ポカ=ユイチン あの頃は洋楽の方がなんだか上手く聴こえたし、カッコよく聴こえたというのがありまして。でも、だんだん大人になって、昔聴いていた邦楽を聴き直してみると、それはそれですごくカッコいいことに改めて気付いたんですよ。それに日本人に生まれて来たからには、僕がやっている音楽も邦楽になりますしね。それに気づいた時から、邦楽を聴き直し始めました。よく僕は「奇抜な格好をしている」と言われたりするのですが、ボン・ジョヴィやエアロスミスも、デビュー当時には僕と似たような恰好をしていたじゃないですか。(笑) その辺のテイストを入れつつ、「ファッションは繰り返す」と言われているのを信じていたんですけど、全然このファッションは繰り返されていないんですけれどね。(笑) でもいつかまた繰り返されることを願ってやっています。
■AC/DCのアンガス・ヤングは永遠に半ズボンですしね。ちなみに沖縄という地域柄、V系は周囲でも流行ってましたか?
ポカ=ユイチン 地域性はあるかもしれないですけど、沖縄出身のビジュアル系バンドってすごく少ないんですよ。暑いから汗をかいて化粧が落ちちゃうからかもしれないですね。(笑) あと、近くにアメリカの基地があったので、ライブハウスに行ったらハードロックの勢いが凄かったんです。僕らの上の世代が聴くようなハードロックを未だに聴いているような感じで、そこに軍人さんたちが来て、酔っぱらって暴れているんです。そういう場所柄、V系ロックは流行らなかったのかもしれないですね。
■周囲にV系を聴いている人はいましたか?
ポカ=ユイチン 聴いている人はいたのですが、やっている人はいませんでしたね。LUNA SEAとか、L’Arc~en~Cielとか、聴いている人たちはいるし、コピーをしている人もいるんですけど、化粧はしていませんでした。やっぱり顔が濃いからというのもあるかもしれません。(笑)
■それは……なんともいえませんね。(笑) 沖縄出身のアーティストさんは郷土愛が強いイメージがあるのですが、ポカ=ユイチンさんはいかがでしょうか?
ポカ=ユイチン そうですね。そこは疑いもせずにありました。僕は東京に来ても今だに沖縄料理屋さんに行くのですが、他の地域の人にそういう所を珍しがられるんですよ。北海道出身の友達は、わざわざ東京で北海道の料理を食べに行こうとも思わないですしね。でも、沖縄の人はどこか沖縄料理屋に行けば、だいたい他にも誰か沖縄出身の人がいて、そこで繋がって、また集まって……というのがあります。
■音楽の面ではどのように郷土愛を表現していますか?
ポカ=ユイチン やっている音楽の中には沖縄をフィーチャーしたものもあるんですが、沖縄出身だからといって、みんながみんな「イーヤーサーサー」する必要はないと思っているんです。そこは葛藤ですよね。20年くらい前に沖縄インディーズブームというのがあって、それはそれでカッコよかったんですけど、みんながやっているので、「そこじゃないな」という感覚がなんとなくありました。
■でも、そういうのって大切な感覚なような気もします。東京に出て来たことで強まった沖縄への思いはありますか?
ポカ=ユイチン 「沖縄出身というのは得なんだな」と思いました。例えば、千葉県出身の方だと、「千葉フェス」みたいなものってなかなか無いじゃないですか。でも「沖縄フェス」って、ほぼ年中どこかでやっているんですよ。それで、そこにゲストで呼んでもらえるんです。それで、元々は民謡とかが好きだった人が僕のライブにも足を運んでくれるようになるんです。東京の人たちはこういうものにお金を使えるんだなという気持ちもあります。だって沖縄に行くよりも手軽だし、安いじゃないですか。(笑) わざわざ沖縄に行って、泡盛飲んで、オリオンビール飲んで、民謡聴いて……ってやるよりも、東京でそれができた方が手軽で安い。だから「沖縄が好き」という人たちに自分の音楽が届くのは、すごく得だなと思いました。
■東京に出てきたことで得た「気づき」は何かありましたか?
ポカ=ユイチン カルチャーショックみたいなものはあったんです。僕は顔が濃かったりするので、スターバックスコーヒーで並んでいたら、店員さんがニコニコしながら英語のメニューを出してきたり、「日本語がお上手ですね!」と言われたり。(笑) 未だに沖縄の人と仲良くしているからなのか、訛りも全然取れていないんですよ。それをカタコト扱いされることもあります。でも「頑張って標準語を喋らなくてもいいんだ」という気付きもありました。
■訛りの話はよく聞きますね。
ポカ=ユイチン 関西出身の方が「何年も東京にいるけど、やっぱ東京弁無理やわ!別にどうでもええねん!」と言っているのを聞いて、そこにも「自分らしさ」みたいなものがあるのかなと思い、ちょっと気が楽になりました。ただ、沖縄に帰ったら「おまえ東京の人みたいな喋り方するなぁ!」と言われますけど。(笑)
■地方あるあるですね。(笑) そして今作の新曲“コスパタイパ”ですが、ストレートなメッセージソングでしたね。ティザー映像では、さらば青春の光さんが出演されているフリー素材を使用していますが、そもそもさらば青春の光さんとはどのようなご縁で?
ポカ=ユイチン 僕はコロナ禍の時にライブ配信をやってたんです。家から出られなかったので、おしゃべりをしたり、歌を歌ったりしていたんですけど、そのアプリの中で、「ポイントをたくさん取った人がテレビに出られます!」みたいな企画をやっていまして、そのテレビ番組のMCがさらば青春の光さんだったんです。そこでその企画に参加してみたら出演圏内に入れまして。元々さらば青春の光さんのYouTube番組を見ていたので、その番組のBGMのデモを5、6曲作って持っていって、「使ってください!」と言ったら、「もうあるからええよ」と言われてしまったんです……。
■一度は断られてしまったんですね。(笑)
ポカ=ユイチン でも、同じ企画が2、3ヶ月後にあって、また入賞できたんです。それでまた行った時に、「いらないと言われたんですけど、ちょっとこの辺を変えて来たので……」みたいな感じで、また曲のデモを持っていったんです。そうしたら森田哲矢さんの方から、「実は新しくサブチャンネルを作ろうと思っていて、著作権関連がクリアなBGMを探そうとしてたから、そっちでぜひよろしく」と言われまして。そんな感じで使っていただけることになりました。
■素敵なエピソードですね。曲の方の“さらば青春の光”のMVや、今回使用されたフリー素材はどういうストーリーなのでしょうか?
ポカ=ユイチン ちょっと僕もよくわかっていないんですけど、あれはさらば青春の光さんのYouTube企画で「フリー素材」というのがあったんです。「〇分以降の映像はフリーで使ってください」みたいなやつですね。そこからバイオレンスな場面を切り取らせていただきました。でもそれも5年前の企画なので、みなさんの記憶から薄れた頃だと思って今作で使用しました。(笑) ご本人たちにも一応連絡したのですが、「見とくわ」と一言だけ返ってきました。(笑)
■お優しいですね。(笑)
ポカ=ユイチン 僕がこの曲の中で言いたいことは、「コスパやタイパを重視しすぎて、大切なものを忘れていないか?」ということでもあるんです。僕はいつも他の人にアレンジをやってもらっているんですが、この曲は自分自身でアレンジまでやりました。アレンジを人任せにすると、寝て起きたら出来上がっていますよね。でも今回は、コスパもタイパも悪くても、寝る時間を削って制作したんです。(笑)
■そこはコスパもタイパもかけたんですね!便利より不便の方がいいところもありますもんね。
ポカ=ユイチン そうなんですよ。多分、最近は「手書きのラブレター」も無くなってきているじゃないですか。でも「手書きのラブレター」は、スクロールされることなく、ずっと手元に残るんです。ただ、手書きでラブレターを書くのって結構大変な作業ですよね。「捨てられたらどうしよう」とか、「笑われたらどうしよう」と、いろいろ考えながら、勇気を振り絞って、なるべく字をキレイに書こうとして、1日中かけて書いたり……そんなのが最近はLINEスタンプひとつで済んでしまったりしますから。
■ああ……それは寂しい。わかります。
ポカ=ユイチン そんな世の中で、「そういうのも大事だよ」と言いたい。でも一方で、コスパやタイパにこだわってしまう自分もいるんですよ。極端な話、歩いて鹿児島まで行って、鹿児島から泳いで沖縄に帰ったらコストはかかりません。でもそのバランスですよね。






