伝説の作家トールキンを演じる重圧と責任。
世に出てから半世紀を超えても、世界中の人々に愛され、新たな読者を獲得し続ける続けている傑作小説「ホビットの冒険 」「指輪物語」を生んだ伝説の作家J・R・R・トールキン。そんな彼の知られざる少年時代と、波乱と激動の青年時代に迫った実話を描いた感動作『トールキン 旅のはじまり』 が誕生した。伝説の作家トールキンを演じるのは、ハリウッド超大作からアート系作品まで、数々の話題作で異なるキャラクターに息を吹き込んできたニコラス・ホルト。トールキンの魂の真実をつかんだ実力派俳優に今作について語ってもらった。
■撮影は楽しかったですか?
N 主演と助演では大きな違いがあるんです。主役には妙な重圧がのしかかってきますね。それを気にしないようにできたら楽しくなると思います。役者仲間に囲まれて、役者という自分が好きな仕事ができるわけですから。そうすると気が楽になって、楽しむことができました。場面写真を雑誌などで見るのは気分が良いのですが、見た瞬間に、ここはもっとこうすれば良かった、などと思ってしまうこともあります。
■トールキンを演じてみた感想は?
N 時間をかけてトールキンを理解できて良かったです。特に幼い頃から友達や恋人との関係を大事にしていたことには感動しました。役者も目標などによって仕事の仕方が違います。トールキンの仕事の動機はとても純粋で力強いものでした。言葉が好きで人が好き。この想いが発火点となって驚異の芸術的傑作を生み出したのです。
■役を演じるにあたって、一番難しかったのはどこですか?
N 実在の人物を演じるとき、それがどんな方でも、特に信奉者の多い著名な方の場合、その重圧を乗り越えることが一番難しいですね。以前にも同じような経験がありますが、すごいプレッシャーを感じました。その方に恥じないように演じようと意識すればするほど芝居が堅くなってしまって。なので、自分の芝居を思い切ってやるか、それとない芝居でこなすか、そのどちらかですね。でもこれはなかなかの難題です。重圧と責任を受け入れながら、それに飲み込まれないようにしなくてはいけないので。
■今回はどんな芝居を演じましたか?
N 大切なのは人物の本質をとらえることだと思います。トールキンのことは何も知らなかったので、何もかもが驚きでした。監督が僕に求めていたのは、若くして孤児になった男(トールキンは12歳で孤児になっている)の心理状態になりきることでした。自信を徐々につけていって、大人になっていきますが、どうしても心もとなさからは逃れられない青年の姿です。世界からの疎外感に苦しんでいるのです。秘密倶楽部の他のメンバーは裕福な家庭で育っているので、良い大学への進学と、良い暮らしが保証されています。トールキンは彼らと仲良くしていましたが、実は背景が全く違っていたんです。なので、自分ならではの道を切り拓くしかなかったんです。
■トールキンのことは撮影前はあまり知らなかったのですか?
N 全く知りませんでした。(笑)もちろん「指輪物語」は読んでいましたし、その映画も観たことはありましたよ。『アバウト・ア・ボーイ』を撮っていたときに、ワイツ兄弟から「ホビットの冒険」も貰いました。初めて貰ったのがその本でした。その本も読んでいましたが、作者のトールキンのことは全然知らなかったんです。
■エディス役のリリー・コリンズさんとの共演はいかがでしたか?
N 素晴らしかったです。演技がとても上手だし、心に傷をもちながらも気丈に生きる女性を清々しく演じていました。同じ場面にいるだけで感激でした。彼女は、1930年代のヴィンテージ映画のスターみたいに、見ているだけでうっとりしてしまいました。とてもイギリス人らしい感性を持っているのだなとも感じました。素敵な女優さんと恋愛映画で共演できるのは仕事にも力が入りましたね。(笑) 脚本をもとに工夫して役柄をふくらませる姿も拝見できたのは素晴らしい経験にもなりました。
■エディスはトールキンにとってはどんな存在ですか?
N エディスはトールキンの大きな支えでした。トールキンより少し年上で、すごくしっかりした女性でした。少し高飛車で、成熟していて、頭の回転も速かったと思います。エディスはトールキンが今までに出会ったことがないような女性で、心の拠りどころになったんです。
■若い学生たちが遊びまわるところもこの映画の見どころですね。
N 確かに名作『いまを生きる』を思わせるようなシーンもありますね。彼らは創作を続けるために、お互いの背中を押し合い、励まし合いました。時代のせいもあって、彼らは大人の権威に抑圧されて、気持ちも小さくなってしまっていたのかもしれません。だから、そんな若者たちが育っていって、自分の存在証明をしようとする姿に共感できるのかもしれません。
■トールキンは第一次世界大戦の塹壕にも行くことになりますが、そのシーンの撮影はいかがでしたか?
N このシーンは力が入りましたね。撮影が大変になるほど頑張ってしまう性分なんです。(笑) 屋内のセットで場面が求める芝居の核心を追及するのも素晴らしいですが、野外で実物の中でもがきながら、身を挺して演じるのは、また格別のものがありました。記憶というのは不思議なもので、振り返ってみても、凍えながら泥の中を駆けずり回り、もがいて疲れ果ててしまった二週間だったはずなのに、今となってはやって良かったと本当に心から思います。
■トールキンの第一次世界大戦の体験は何を描いているのですか?
N トールキンは塹壕熱にうなされるのですが、幻想が見えて、正気と狂気の間を行ったり来たりします。友を失ったり、戦火を潜り抜けた体験があったからこそ、幻想の世界、友情、団結を小説のなかに描くことができるようになったんです。この場面は映画の他の部分とはまったく違う雰囲気を出しています。オックスフォードでのトールキンの健全な生活にぶりに慣れていたのに、急に泥だらけの無秩序な戦場に連れて行かれます。トールキンが実際に小説を執筆する姿は映画に出て来ないんです。そこにこの映画の良さがあります。なぜならトールキンがその後どうなったかは気にするべきところではないからです。大事なのは若き作家が愛と友情を見つけて、それを失い、そしてその体験を小説の中に注ぎ込もうとすることだからです。
PROFILE
1989年生まれ。イギリス出身。子役としてデビュー後、数々の作品で脚光を浴びる。今ハリウッドで最も評価され、活躍する俳優の一人。
作品情報
『トールキン 旅のはじまり』
8月30日(金) TOHOシネマズ 日比谷 他にてロードーショー
監督:ドメ・カルコスキ
配給:20世紀フォックス映画
出演:ニコラス・ホルト/リリー・コリンズ ほか
© 2019 Twentieth Century Fox
STORY
12歳にして無一文の孤児になってしまうトールキンは、母の友人フランシス神父が後見人となり、名門校に入学する。トールキンはそこでかけがえのない絆を結ぶ3人の少年と出会い「芸術で世界を変えよう」と誓い合う。さらに生涯を共にしたいと願う女性エディスと出会うも神父にその交際を厳しく禁じられてしまう。さらに第一次世界大戦の勃発が大切な仲間との絆さえも奪おうとしていた――。
冒険ファンタジーの傑作「ホビットの冒険」、「指輪物語」は、映像・舞台・美術・音楽・ゲームと、様々なジャンルのクリエイターたちをインスパイアし続けてきた。しかしその偉業に反してトールキン自身、特に作家としてデビューする前の素顔はほとんど知られていない。彼が創り出した胸躍る世界はいったいどんな想像力から生み出されたのか?その前半生に迫る感動作が誕生した。
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