憂鬱な日々を超え、雨上がりの空を彗星のように駆け抜けた4年ぶりのワンマンライブ。
町を濡らす予報通りの雨も上がった2023年4月30日(日)、埼玉・さいたまスーパーアリーナ。そらるとまふまふによるユニットAfter the Rainが、約4年ぶりの有観客公演となるワンマンライブ『After the Rain Tour 2023 − 春音 −』を開催した。開演前のロビーでは、各所から寄せられた花やバルーンを写真に収める観客の姿も多い。スモークが漏れ出す中、開演を待って揺れるペンライトはモザイクの宇宙のようだ。予定時刻を少し過ぎ、歓声の高まりの中でSEがふと掻き消えれば、春と青空を思わせる繊細な映像がスクリーンを流れていく。カウントダウンの終わりと共に光が会場を切り裂けば、そらるとまふまふが姿を現した。「みなさんお久しぶりです!」“セカイシックに少年少女”で幕を開けたライブは、季節外れのウィンターソング“アイスクリームコンプレックス”で空気を一変。たった2曲で色とりどりの表情を見せながら、アリーナの高い天井いっぱいに歌声を響かせるAfter the Rainに、観客もペンライトを振って応える。
歌い終えて「最高なんだが?」と笑顔を溢したそらる。目を潤ませたまふまふは自らの活動休止に触れ、「応援してくれるみんなのおかげで帰って来られました」と感謝を口にする。二人の口から出た「オフラインライブ」という言葉も、この数年ですっかり耳に馴染んだもの。まふまふが4年前の前回公演にも参戦している観客を探すと、かなりの数のペンライトが大きく揺れた。久しぶりの有観客公演に「死ぬほど緊張している」というまふまふは足が震えているらしく、「装備アイテムを呼んでいいですか?」とギターを抱えてやっと一息。同じくギターを提げたそらるは「オレは別に(ギターを)弾きたくなかったんですけど……」と言いつつ、本公演ではまふまふの強い希望でギターを弾くことになったと明かし、「人気のバンドものアニメを観たからでは?」とまふまふの動機に対する疑惑を口にした。
そして二人はギターを掻き鳴らしながら“負け犬ドライブ”を披露。ステージから上がる炎と赤いレーザーが乱舞する中、暴力的なまでのエネルギーに満ちたサウンドをも飛び越える歌声が響く。曲が終わった闇と静寂の中で鋭く息を吸ったまま、まふまふが歌い出す“10数年前の僕たちへ”は、その詞に描かれた言葉と風景ひとつひとつが糸となり、この巨大な会場で二人が歌う瞬間へと繋がっているようだ。続けて“夏空と走馬灯”、“わすれられんぼ”を披露し終えると、そらるは「乗り切った!ギター!」と歓喜の声を上げた。ここでAfter the Rainは観客へのプレゼントとして、リリース時期未定の新曲“ナイトクローラー”をサプライズ初披露。燃え燻る深く重いビートと凄絶なバンドサウンドの中、二人の歌声は激情を露わに叫ぶ。記憶に焼き付く「目映い世界にさよならバイバイ」というワンフレーズ、途切れて儚く消えるサビ、密やかに歌声を繋ぐピアノ。どこか憂鬱さを帯びたメロディを二つの声が紡ぎ、フィナーレには幾つもの光の棘がステージを貫いた。
そらる曰く「みんなが聴きたいと思っている曲を選んだ」という今回の公演では、カバーに加えてアルバム曲やシングルのB面曲も選曲されている。しかし曲が多くなるにつれて、ソングライターであるまふまふ自身が曲を忘れることも多くなってきたらしく、リハーサル時には5回ほどそらるに「ここ何だっけ?」と尋ねたという。そんなまふまふが「こういうキャピキャピした青春っぽい曲はオタクにはキツくて見返すのが辛かった」と紹介したのは“恋の始まる方程式”。そらるが透明感にあふれるメロディを柔らかく歌えば、まふまふの澄んだ歌声はイノセントな空気を纏う。“モア”ではレーザーが乱れ飛ぶ中、スクリーンに映る二人の姿に重ねて向かい合うそらるとまふまふが声をぶつけ合った。続く“アイスリープウェル”では、どこか壊れてしまいそうな繊細なメロディが振り絞るように歌われ、耳に残るサビの「ユーフォリア」のコーラスでは光の花びらが咲き観客の頬を撫でる。鍵盤をなぞる指先を背景に胸へ手を当て音色を浴びる“四季折々に揺蕩いて”では、幽玄とした語彙で詞に描かれる世界を色とりどりのライトが彩り、それはまさに百花繚乱の様だった。
歌い終えた二人が去ったステージでは、バンドメンバーがインストを披露。観客席で赤色のペンライトが揺れる中、三矢禅晃(Gt)と清水“カルロス”宥人(Gt)が華やかにテクニックを誇れば、Kei Nakamura(Ba)の鋭く遊び心にもあふれる音色が絡む。宇都圭輝(Key)の柔らかな音色が降り注ぎ、樋口幸佑(Dr)は安定感あるリズムを作る。After the Rainが背中を預けるサウンドは強く、薄く煙る景色の中で勇壮に響く。バンドが演奏を終えてステージから花火が上がると、“1・2・3”の軽快な歌い出しと共に白い衣装に着替えたそらるとまふまふが登場。アニメ『ポケットモンスター』のOPに起用されている同曲で、二人は花道を駆けていく。ラストの「キミにきめた!」で指をさし合ったそらるとまふまふは、続く“ネバーエンディングリバーシ”でステージから流れる光を背負いながら、「この景色を見ると、僕たちはまだまだ頑張って行けそうです」と観客席を隅々まで見回す。
2016年に「歌ってみた」が公開されているNeruのカバー“脱法ロック”では、それぞれクレーンに乗って2階席近くまで持ち上げられる二人。まふまふはゴンドラの柵に片足を引っかけて高音を張り上げ余裕の表情だが、一方のそらるは柵の中に座り込み、時折「怖い!」と悲鳴を上げて下を向いたまま歌っている。今回のクレーン演出は前日に同会場でライブを行っていた浦島坂田船が行っていたからと決定したという。地上に降りてからもふらつくそらるは、遊園地では絶叫マシンに乗る弟の姿をベンチでひとり見上げていたタイプ。ずっと俯いていたため、まふまふの余裕の仕草にも気付けなかったようだ。
そしてふたりが「外せなかった」という思い出のナンバー、みきとPのカバー“ロキ”をコールすると、観客からは悲鳴めいた喜びの声が上がる。跳ねまわるスラップべースが縫うメロディを悪戯っぽく歌い上げて、まふまふは観客のコールを煽り立てる。“ロキ”と“脱法ロック”ですっかり喉が潰れたというまふまふは、ライブ前の楽屋で「(MCでは)何でも喋れますよ」と話していたという。そんなまふまふはそらるに「じゃあ何か喋ってよ」と振られ、観客にどこから来たかと質問したり、衣装のディティールを紹介したりと少しぎこちなく話を続ける。その様子を可笑しそうに見守っていたそらるに「こんなMCでもまた来てくれますか?」と問われた観客は大声で歓声を上げるも、「ちょっと微妙(な反応)かもしれませんね~!」とからかわれてしまった。
そしてライブはラストスパートに突入。二人は“折り紙と百景”“夕刻、夢ト見紛ウ”“桜花ニ月夜ト袖シグレ”の3曲で、桜が散り緑の映える4月の「今」に漂う匂いを詞の世界と重ねていく。そらるとまふまふの歌声は互いに手を取り合い想いを重ねながらも、ひとりの歌手としての矜持がぶつかり合い、どこまでも拡張されていく。生バンドはサウンドに華を添えるだけではなく、歌い手とオーディエンスの興奮に煽られ共に熱狂を帯びていく。ステージから観客席側にカメラが向くと、揺らめくピンクのペンライトの海に浮かぶ二人は舞い踊る花びらの嵐の中で歌っているようだった。大歓声に見送られてAfter the Rainがステージを後にすると、すぐさまアリーナ後方から「アンコール!」の声が飛んでくる。そんな「当たり前」の風景も戻って来た本公演。
声援に応えラフなシャツに着替えて飛び出したそらるとまふまふは「一周するよ!行くぞ!」とトロッコに乗り込み、“世界を変えるひとつのノウハウ”“絶対よい子のエトセトラ”で客席を回っていく。曲の終わりでぴったりステージに戻り、息切れに座り込むまふまふ。「この2曲ヤバいでしょ?!」「おまえが作ったんだよ!」と笑う二人は、当たり前だが4年前より4歳年を取っている。そらるはまふまふが楽屋で「(トロッコで観客の近くを通った時)少しでもイイ匂いがしたと思われたいから」と香水を多めに振りかけていたことを弄り「『そらる体臭いい匂い』『まふまふ香水クサい』でトレンド入れといてください。(笑)」と冗談めかした。今回のライブの写真撮影タイムでは、まふまふが自らのスマホを取り出し動画を撮影。使おうとしたアプリに広告が出てしまったことに対し、そらるからは「課金しとけよ!」とツッコまれる。公演の冒頭では涙が出る程に緊張していたまふまふだったが、音域が高いことで「山場」だと思っていた“恋の始まる方程式”を過ぎ、“モア”に入った頃にはその緊張も解けていたそうだ。「また会いましょう、今日はありがとう」と優しくオーディエンスを見回したそらるが“テレストリアル”の歌い出しを囁き、まふまふがギターをかき鳴らし声を張り上げると、二人の背後では光の飛沫が闇の中から湧き上がる。勢いもそのままに、公演のラストを飾ったのは“彗星列車のベルが鳴る”。混じり合う二つの歌声が零れ落ちた4年の日々を彗星のように駆け抜けて、鐘の音めいたピアノが奔放に響き渡る歓喜に満ちた一瞬。まふまふに導かれた観客のジャンプに合わせて銀テープが煌めき、歓声が包む一夜は笑顔の中で幕を下ろした。
Text:安藤さやか
Photo:小松陽祐[ODD JOB] / 堀卓朗[ELENORE] / 加藤千絵 [CAPS] / 笠原千聖[cielkocka]
『After the Rain Live 2023 −春音−』@さいたまスーパーアリーナ セットリスト
01. セカイシックに少年少女
02. アイスクリームコンプレックス
03. 負け犬ドライブ
04. 10数年前の僕たちへ
05. 夏空と走馬灯
06. わすれられんぼ
07. ナイトクローラー(未発表新曲)
08. 恋の始まる方程式
09. モア
10. アイスリープウェル
11. 四季折々に揺蕩いて
[コンティニュアム(BAND Inst)]
12. 1・2・3
13. ネバーエンディングリバーシ
14. 脱法ロック(Neru cover)
15. ロキ(みきとP cover)
16. 折り紙と百景
17. 夕刻、夢ト見紛ウ
18. 桜花ニ月夜ト袖シグレ
ENCORE
01. 世界を変えるひとつのノウハウ
02. 絶対よい子のエトセトラ
03. テレストリアル
04. 彗星列車のベルが鳴る