迷い込んだ路地裏に見つけた藤川千愛という名の歌声。
12月13日(土)の夜、東京・EX THEATER ROPPONGI。音以外はいらないと言わんばかりの、バンドセットが沈黙するだけの簡素なステージでは一足先にバンドが登場し、開演の時を待つ。ゆっくり消える客電の中、ギターを持って登場した藤川千愛はマイクスタンドを握り、マゼンタのスポットを浴びて“自律神経”を歌い出す。それが彼女のソロデビュー7周年を記念するライブ『路地裏に残り香』の幕開けだった。「犬と、音楽と、今日ここに集まったみんなをこよなく愛する藤川千愛です!メインストリートから離れて藤川千愛という路地裏に迷い込んでくれてありがとう!」「ずっと余韻が覚めないような最高の残り香をおみやげにするつもりなので、最後まで余すことなく楽しんでいってください」ダウナーな歌声を響かせた後は、真紅のステージに飛び跳ねる“嗚呼嗚呼嗚呼”へ。サーチライトが観客の顔を伺えば、手のひらを広げて歌声に応えるオーディエンス。「今年の汚れは今年のうちに!」の声と共に“ゴミの日”へ流れ込むと、ギターを下ろした藤川はステップを踏んで観客の声を堪能する。天を仰ぐギタリストに、後ろ足を蹴り上げるベーシスト。ソリッドなベースから直線的なライトが乱舞するハードな“四畳半戦争”には、スモーキーながら透き通った声が身体の底から湧き上がる。

観客からのあまりの熱量に「もうカイロいらないな」と笑う寒がりな藤川。それと関係しているのかは自身にもわからないそうだが、彼女は「競歩の選手?」と言われるほど歩くのも速いという。そんな彼女も、昔は歩くのが遅かったらしい。「何が言いたいかというとですね、なんだかんだ人は変わるということです。7年前の私が聞いたらびっくりするかなって思います……そろそろライブに戻りましょうか!」「イントロのリフが最高にカッコいい曲」と紹介され、青さに沈んだステージで歌い出されるアニメ「無能なナナ」より“バケモノと呼ばれて”では、数多の光の花が集まり、藤川の元で束になる。その光の檻から抜け出して、歌声はドラムと共に疾走した。“葛藤”の旋律には、めまいを呼び起こす激しい点滅が重なって。透明なピアノにアコースティックギターがきらきらとかき鳴らされる“あさぎ”では、水面に差すきらめきの如き光のカーテンが揺れる。それを引き裂くのはガラスのナイフのような歌声だ。

ライブも中盤に入り、ここで藤川は新曲を紹介する。この新曲は大切な人を喪ったひとの心を歌った曲だ。「昨日までそこにあった温度とか、ふと触れた小さな痕跡とか。もう戻れないとわかっていても、心だけが何度も帰っていく。進まなきゃって思っていても、世界が灰色に見える。どこかに置き去りにされたみたいに、時間の流れから自分が外れてしまったように感じることもある」この曲の主人公は、そんな気持ちを抱えたまま、痛みすら手放せず、記憶をつなぎとめるように生きているのだという。「もし今、同じように苦しんでいる人がいれば、この曲を聴いている時間だけは、強がらないでほしいなって思います。痛みがあるってことは、それだけ深く愛しているっている証だと思っています。聴いてください、“なんどでも”」そう紹介された“なんどでも”は、どうしてだか明るいメロディを持つ曲だった。5+6の複雑な拍子とリズムの浮わつきは、喪失を受け入れられない心を表しているのか。伸びやかなファルセットは美しい悲鳴であり、慟哭だ。初披露ということもあり、バンドとヴォーカルが必死にリズムに食らいついている様も、大切な人を亡くした、どうしようもない気持ちに聴こえる。

切ない前曲を終えて、ここからはアニメコーナー。2025年、藤川が担当したアニメソングは10曲目となった。淡いピアノと共に歌い出されるのは、アニメ「マイホームヒーロー」の主題歌“愛の歌”。作品というフィルターを介しても、藤川の思う「愛」とは何なのかと心惹かれるこの一曲。それでも、ステージを見詰める観客たちが藤川に向けるのは、紛れもなく「愛」だろう。遊泳するピアノから浮かび上がり、ハンドクラップの中に身体を遊ばせるのは、「盾の勇者の成り上がり Season 3」より“好きになってはいけない理由”。「聖剣学院の魔剣使い」主題歌“1000年愛”は正統派アニメロックなサウンドに真っ青な歌声が吹きすさぶ。

アニメの世界から現実世界の路地裏に戻り、「ChatGPTの性格が辛辣になってきた」と話題を切り出す藤川。「聞き方が悪いのでは」と真っ当なことを言うバンドメンバーに、藤川は「煽り機能がついた?」「地域で変わるとか?」と粘る。「東京の人にだけChatGPTに煽り機能が付いてるって疑いたくもなるよね、東京って怖いな……それでは聞いてください、“東京”」藤川のライブではおなじみの強引なMC前振りから、スタートした“東京”では、アーバンなメロディにクラブを思わせるライトがゆっくり回転し、路地裏に迷い込んだ人々を映し出す。東京の夜景を思わせる歌声は、続く“ブラックコーヒー”でドリーミーに変わる。触れれば壊れてしまうラブソングに、ステージは淡いピンクに染まった。黄昏の中に始まるのは“誰も言ってくれないから”。「誰かに分かってほしいのに その誰かはどこにいるの?」と歌って両腕を広げ、藤川は切に問う。

ライブも後半となり、ここで藤川は2026年3月4日に5thフルアルバム『半径3メートル』をリリースすると発表。いつも支えてくれるファンやスタッフに、生の声で「ありがとー!」とお礼を言った。あわせて、藤川は本日2曲目となる新曲を紹介。ニューアルバムに収録されるこの新曲は、悪口まみれの世の中について歌ったものだ。「悪口を言わないってことは綺麗ごとに聞こえるかもしれないけど、上っ面でも偽善でも、優しい心はいつか本物に変わると信じたいです」「この歌に出てくる『君』は特定の誰かじゃなくて、過去の自分だったり、今の世界そのものなのかもしれません。聴いてください、“悪口”」切なく弾けるアコギとピアノに乗る“悪口”は、悪口ばかり言う「君」に、空気を読んで頷いてしまう「私」への嫌悪。そして世の中にあふれる悪口を捨てて愛を育てて行きたいという想いだった。それは黙っていても知らない誰かの悪口ばかり流れてくる現代社会に対する、藤川の純粋な願いなのだろう。

藤川の頭上に強い星が輝いた“リゲル”は、歌詞の「東京」を「六本木」に変えて、壮大な旋律で寂しい別れを歌った。ここからは「盾の勇者の成り上がり」コーナーとなり、Season 4より“永遠に一回の”と、Season 1より“あたしが隣にいるうちに”が披露される。ピアノは羽ばたく蝶の如く歌声の周りで遊び、藤川のヴォーカルは音程をまっすぐに貫きながら詞をゆったりと噛み締める。静寂の前の多幸感にあふれた叫びは、ホールをいっぱいに満たした。そしていよいよライブはラストブロックへ。「体力を余すなんてザコみたいなことしたらいけんよ?いけんのか?ホントにいけんのか!?」と煽って“凡人開花”で盛り上がる藤川は、緩急激しい楽曲に勢い余ってお立ち台から落ちかける。「よくできました!」で一礼し、本編ラストナンバーはシャウトに始まる“アンダンテ?”だった。

観客からの「ポポポポンチポンチ!」コールに応えて再登場した藤川は、伸びやかな歌声で新曲“祈り”を披露。この道を進む決意を強く歌う幻想的で刹那的な詩は、光の粒となってステージから降り注ぐ。ここで藤川からもうひとつのお知らせとして、先ほど歌唱した“祈り”がアニメ「死亡遊戯で飯を食う。」のエンディングになっていることを発表。あわせてニューアルバム『半径3メートル』を引っ提げたツアーの開催も明かされた。「自分で言うのもなんだけどさ、まっさらな予定に、ポンって予定が入ると、『この日までがんばろう!』ってならん? 一緒にがんばろう!」写真撮影を終えて、アンコールの2曲目は観客のジャンプとクラップにEX THEATERが揺れるクリープハイプのカバー“オレンジ”。橙色の光に満たされたステージで、藤川の笑顔がはじける。そして最後の曲には“hane”が選ばれた。バンドメンバーを紹介し、自身は転びそうになりながら台の上で華麗に一礼する藤川。ジャンプでこの夜を締めくくった彼女の瞳には、これからの未来だけが映っていた。

Text:安藤さやか
Photo:松本いづみ
『藤川千愛7周年記念ライブ「路地裏に残り香」』@EX THEATER ROPPONGI セットリスト
01.自律神経
02.嗚呼嗚呼嗚呼
03.ゴミの日
04.四畳半戦争
05.バケモノと呼ばれて
06.葛藤
07.あさぎ
08.なんどでも
09.愛の歌
10.好きになってはいけない理由
11.1000年愛
12.東京
13.ブラックコーヒー
14.誰も言ってくれないから
15.悪口
16.リゲル
17.永遠に一回の
18.あたしが隣にいるうちに
19.凡人開花
20.アンダンテ?
ENCORE
01.祈り
02.オレンジ
03.hane






