けいちゃん『Keichan Hall Tour 2025「Fiaba Sonata」』ライブレポート@たましんRISURUホール

梅雨空を吹き消す爽快なピアノ演奏を披露!

重厚な緞帳が下りた白い壁のコンサートホール。ホワイエに並ぶポスターも、クラシック音楽の演奏会を予告するものがほとんどだ。蒸し暑さと風の涼しさが混ざり合う6月14日、雨空の土曜日の午後。そんな景色の中で、けいちゃんによる東名阪ツアー『Tobu Top Tours Presents Keichan Hall Tour 2025「Fiaba Sonata」』が開幕した。早めの時間帯の公演ということもあってか、会場となったたましんRISURUホールには子どもたちの姿も多い。開演時間となり幕が上がって、機械音声のナレーションに導かれながら“Zero Rhapsody”からスタートした公演は、見えないオーケストラと呼吸を合わせ、深く響くビートに合わせてべたりとリズムを掴みながら、時にサウンドの奔流に身を沈め、時に冷たく鋭く、時にピアノの内側の無垢材の感触をも思わせる柔らかさを併せ持ち疾走していく。けいちゃんは燕尾服風のラフなスタイルで心地よさげに音楽を操り、観客はその演奏を拍手と歓声で讃える。

「Fiaba(おとぎ話)」を冠した今回のライブは「頭の中に思い浮かべた音が鳴らせる指揮棒」を手に入れたけいちゃんが、定番のナンバーからクラシック音楽のアレンジまで、自由自在に面白おかしく音楽と戯れていくという筋書きだ。教科書に載ったクラシック音楽であっても、隣の鍵盤へ指が触れることを恐れず、時代や様式の“お決まり”にも囚われないけいちゃんが弾けば知らない表情を見せ、ピアノは10本の指が望むどんな要求にも大きな身体で応えてくれる。今年公開の映画『劇場版名探偵コナン 隻眼の残像』の劇中に起用された同作のメインテーマを披露すれば、アヴァンギャルドなアレンジから湧き起こる爽快な旋律に喝采が降り注ぐ。順調に続いた公演だが、ここで小さなハプニング。1曲終えて次の曲へ移る、誰もが息を潜めて舞台を見守るその瞬間に、観客席後方からLINE通話の着信音が大音量で鳴り響いたのだ。慌てた様子で音が消えるも、一斉に音の主を探す観客の視線。舞台の上のけいちゃんはピアノの音で着信音を真似して緊張した空気を和ませ、そのまま見事な変奏曲として仕立て上げてしまう。

「ここ立川は大学が近くにあるので、学生時代にはよく来ておりました。成長した私めが帰ってきたぞ、という思いでこのステージに立っております。どうですか、普通じゃないピアニストの公演になってるんじゃないでしょうか」少し照れ気味に語るけいちゃんは、続いて本領とも言えるリクエストコーナーをスタート。「この世にある全ての曲が弾ける」と豪語して、観客から演奏してほしい曲を3曲聞き取り、それらをマッシュアップするという。まず1曲目はクラシックの名曲、ベートーヴェンのピアノソナタ第14番“月光”より第3楽章。2曲目はだいぶ時間が飛んで、cosMo@暴走Pの“初音ミクの消失”だ。3曲目に選ばれた徳永英明の“レイニーブルー”はけいちゃんがあまりよく知らない曲だったので、観客の歌声を聞き取ってメロディとコードを探っていく。目の前でアレンジが組み上げられていく様子を眺められるのは、超一流シェフのキッチンを見学しているような贅沢だ。そうして出来上がったマッシュアップは、まず“月光”の劇的な冒頭部でスタート。得意の連打を多用したこの快速で激しいメロディは、“初音ミクの消失”へ自然に流れ込む。この2曲とは雰囲気が大きく違う“レイニーブルー”は、コードとコードの合間にある一瞬の親和性を“月光”で繋ぎ止めて、時に雨降るジャジーなアレンジへ。テンポが大きく違う曲を「こう来るか!」と聴かせて見事に織り上げ、弾き切ったけいちゃんは大喝采を浴びた。

リクエストコーナーが終われば、楽しいライブももう終盤。けいちゃんはスモーキーに倍音をたゆたわせ、ルーパーを使ったプレイではピアノから片手を、次に両手をも離しておどける。東京公演で見せた「曲芸弾き」が続く大阪、名古屋公演でも披露されるかは、当日までお楽しみに。「どうでしたかみなさん!実はもう今日はあと2曲で終わりなんです。楽しい時間はちょっと短いくらいが丁度いいって言いますからね」10曲あまりを弾き終えて清々しくマイクを取ったけいちゃんの宣言には当然、不満の声が上がる。観客は口々にあれこれと声を上げるも、声が混じって、けいちゃんは「ごめん、なに言ってるかひとりもわからない」と苦笑いだ。名残り惜しさに背中を向けて、指揮棒を使い想像上のオーケストラを呼び込んだけいちゃんは、“√Future”、“√Advent”を続けてドロップ。ドラマチックな展開の中で激しい打鍵と正確な連打が澄み渡り、照明は奔放な心が鍵盤を介して解放されていく様を視覚的に表現して観客へ伝えていく。フリースタイルピアニスト・けいちゃんに人々が求める全ての技術と旋律を詰め込んだこの2曲。歓声の中に立ち上がって最後の打音を放ち、けいちゃんは自ら手を叩いてアンコールを誘いながら舞台を去った。

アンコールに応え、ツアーシャツに着替えて再び現れたけいちゃんは、軽く手を振りながらピアノに歩み寄り“レイニーブルー”のメロディを奏で始める。最初はささやかな音だったそれは次第に違う曲想を得て膨らみ、幾つもの楽曲の断片を取り込みながら、壮大な音の嵐となって吹き荒れる。なんでもないふうにそれらを弾き終えて、軽い冗談を交えつつツアーグッズ紹介を挟むけいちゃん。ここで自身が出演したシンフォニー朗読劇『ベートーヴェン~魂の交響曲~』に追加公演が決定したことを報告し、あわせてビッグニュースとして海外公演の開催を発表。「ついに世界に羽ばたきたいと思います」と語るけいちゃんの初めての海外公演は、9月に韓国で行われる。「もうみなさま大満足だと思いますが、最後に1曲。よろしければご起立ください」口調は丁寧に、しかし行動は大胆に。ツアーシャツの背中に自ら楽譜を描いた“World & Me”で、観客は総立ちとなり眩い照明の中でタオルを回す。そこにはクラシック音楽の世界が築いた伝統の壁を遥かに超え、ただ奏者の技巧に酔いしれ、美しい音楽を浴びて手を叩き、音色の舌触りに微笑み、心のままに踊る人々の姿があった。鳴り止まない拍手の中、深々と礼をして控えめなキスを投げ、ステージを去って行ったけいちゃん。ツアーはこのあと6月22日(日)に大阪・大阪国際交流センター、8月23日(土)に名古屋・日本特殊陶業市民会館へと続く。

Text:安藤さやか
Photo:森 久

Official HP:https://keichanpiano.com/s/n146/?ima=0933
Official YouTube:www.youtube.com/@keichan8981
Instagram:https://www.instagram.com/keichan_piano/?r=nametag6J
X:https://twitter.com/KNOS_Key?s=20&t=VhQEY0z3SNzBmKtl9Nexkw
徳間ジャパンアーティストページ:https://www.tkma.co.jp/jpop_top/keichan.html

LIVE
『Tobu Top Tours Presents Keichan Hall Tour 2025「Fiaba Sonata」』
2025年6月22日(日)大阪・大阪国際交流センター
2025年8月23日(土)愛知・日本特殊陶業市民会館