Kitri VANITYMIX WEB LIMITED INTERVIEW

Kitri『Kitrist Ⅱ』

ピアノ連弾ボーカルユニットという圧倒的個性が次のステージへ。進化を続ける姉妹を直撃

姉妹によるピアノ連弾ボーカルユニットという圧倒的個性で、大橋トリオをはじめ数々の音楽関係者を魅了してきたKitriが、セカンドアルバム『Kitrist Ⅱ』を完成させた。本作にはYouTubeで600万回以上再生された『就活狂想曲』からインスピレーションを受けて制作された“未知階段”、AIが人間の知性を超えた世界を描いた“人間プログラム”など、興味深いテーマを持った楽曲をはじめ、打ち込みの上に生のピアノを乗せてクラシカルなイメージを打ち破った“NEW ME”、クラシックの名曲“朝”のメロディーを取り入れた“水とシンフォニア”など、J-POPの枠にもクラシックの枠にも収まらない革新的な楽曲が多数収録されている。姉のMona、妹のHinaの二人に、時間の許す限り質問させてもらった。

■前作『Kitrist』は昨年1月のリリースで、コロナが深刻化する直前だったと思うんです。今回の『Kitrist Ⅱ』の制作はコロナの影響も大きかったと思うんですけど、いかがでしたか?

Mona 『Kitrist』をリリースして、「よし!この曲を引っさげてツアーをするぞ!」と思っていたんですけど、コロナ禍でツアーもどんどん延期になって、イメージしていた2020年が崩れちゃって。それで「自宅でできることをしよう」となって、9月に『Re:cover』というカバーアルバムをリリースしたんです。予定していたことではなかったんですけど、時間ができたことで生まれた作品だったなと思います。

■お二人は姉妹なので、普通のバンドやグループとはコロナの影響の仕方も違ったんじゃないですか?

Mona 確かに違うかもしれないです。今も地元の京都で一緒に住んでいるので、毎日何か発展できたというか。そのカバーアルバムも「今できることはなんだろう?」と毎日話していく中で、新曲を作ってアルバムにすることは難しいけど、名曲をカバーするということなら今の期間にできるかもしれないということでできたんです。

■そのカバーアルバムと並行して、今作にも収録されている“Lily”、“人間プログラム”、“赤い月”を去年6〜10月に配信リリースされましたけど、曲作りは常にしていたんですか?

Hina そうですね。先の先の先まで見て、どんどん新しい曲は作っていて。その3作連続配信リリースは、前からあった曲ではあるんですけど、自粛期間でライブも延期になり、みなさんに何か届けたいという気持ちで、あのタイミングで連続リリースしようということになったんです。

■まず6月に“Lily”がリリースされて、ちょっと訊きにくいんですけど、誰かが亡くなられた曲なんですか?

Mona 特定の人というよりは、私たちも人との別れを何度か経験してきて、そういう悲しみを音楽に変えないと、どうしようもない時があったんです。そんな時にピアノをポロポロと弾いていたら、この曲のイントロが出てきて。これは悲しみというか、そういう気持ちや想いを伝えるような曲にするのがいいんじゃないかと相談して、Hinaに歌詞を書いてもらいました。

Hina メロディーがすごく切なくて、悲しいけど美しさがあるというか。優しさやあたたかさみたいなものを感じたので、そのメロディーに寄り添う歌詞を書けたらいいなと思っていました。

■Hinaさんが歌詞を書く時は、Monaさんから「こういう気持ちで作った曲だよ」とか説明するんですか?

Mona 曲によるんですけど、最近は委ねている部分も大きいかもしれないです。Hinaが曲を聴いて、Hinaのイメージで、Hinaの言葉で、どんなものが生まれるか見たいので、最初は影響を与えないようにしていて。そこから歌詞を書いてもらって、「ここはもっとこうした方が曲に合うかな」とか、すり合わせて完成させています。

■Hinaさんは“Lily”の歌詞を書く前にどんなことを聞いていたんですか?

Hina 最初にメロディーを渡された時は、カーテンが揺れていて、その向こうから光が差し込んでくるような、ちょっとした情景のイメージだけ伝えられました。だから、悲しみを昇華したいみたいな気持ちについては聞いていなかったんですけど、私もそういう曲に感じたので、情景を思い浮かべながら、ひとつひとつ言葉を乗せていきました。

■その歌詞を見て、Monaさんはどう思いました?

Mona 余白のある歌詞がすごくいいなと思って。自分たち以外の何か悲しいことがあった人も、自分のこととして捉えられるような、そんな情景が描かれていると感じました。特別なメッセージが強く浮き出てくるわけではないんですけど、聴くと癒やしてくれるような、そんな曲になったかなと思います。

■実際、僕は数年前に母を亡くしているんですけど、“Lily”を聴いて思い出しました。

Hina ありがとうございます。

Mona そういう会いたいけど会えない人が、たまに浮かぶことがあって。まさにそうやって誰かの中でも聴いていただけたら嬉しいです。

■個人的な話をしてすみません。続いて8月にリリースされた“人間プログラム”は、AIが人間の知性を超えた世界が歌われていますよね。

Mona 父との会話の中で「シンギュラリティ」という言葉が出てきて、これは曲のテーマになりそうだと思ったんです。AIのイチ側面を誇張している部分もあるんですけど、人間の頭を使わなくても成り立ってしまう世界。「音楽を作る機会も失われる日が来たらどうなるんだろう?」ということを想像して書きました。

■確かに音楽もAIが作る時代が来るかもしれないですね。

Mona はい。AIが社会に役立つ一方で、私たち人間にしかできないこともあると信じたいと思って、どこかで共存できたらいいなという理想を込めました。そして自分への戒めというか、「自分で考え続けるぞ」という目標を持った1曲になったかなと思います。

■この曲の世界では、人間が考えなくてもAIさんが人間を楽園に連れていってくれる。

Mona そうですね。果たして本当に楽園なのか、っていうところなんですけど。

■考え始めると怖いです……。歌詞はお二人の共作ですけど、どんな感じで進めたんですか?

Mona まずは私が一回全部書いたんですけど、「Hinaの目線でおもしろくできそうなところある?」と訊いて。

Hina ブラッシュアップする段階で、サビのところで韻を踏んでみたら、この曲のリズムにも合うんじゃないかなと思って、ちょっとだけ手を加えました。

Mona サビの「無常も情もない」「見事、寝言もない」はHinaが書いたんです。そこがアクセントになったと思うので、お願いしてよかったなと思っています。

■ここは無機質なAIもダジャレを言うんだなと思ったら、ちょっとかわいく見えて、曲の印象がやわらかく感じたんです。

Mona それは初めて言われました。新しい視点ですね。(笑)

■それと歌詞もAI目線なので無機質な曲になるのかなと思ったら、意外にバンドサウンドになっていて。アレンジは大橋トリオさんが手掛けたんですよね?

Mona そうなんです。私は最初、ゆったりしたスウィングをイメージして作っていて。ちょっとジャジーなピアノと歌でデモを作ったんですけど、そこに大橋トリオさんがベースとドラムを入れてくださって、倍速のテンポになって返ってきて。

Hina 「こう来たか!」っていう。

Mona ご本人も「こう来ると思わなかったでしょ?」と、おっしゃられていたんですけど、意外性があって曲が勢いづいたなと思います。それでピアノも跳ねる感じを意識して作り変えたんです。

■そうだったんですね。最後はしっとりしたピアノで終わるのも気になりました。

Mona これはもう、おっしゃってくださったように、気になってもらいたかったんです。(笑) 最初はマイナーから始まって、最後のイチ音はメジャーな明るい音で終わるんですけど、結末は「みなさんのご想像におまかせします」という感じです。

■嫌でも想像が膨らんでしまう終わり方ですよね。そして10月にリリースされた“赤い月”は、小説の『ドン・キホーテ』をきっかけに作られたそうですけど?

Mona そうなんです。歌詞は『ドン・キホーテ』の主人公からインスピレーションを受けていて。Kitriというユニット名も『ドン・キホーテ』の登場人物が由来になっているので、いつか『ドン・キホーテ』をモチーフに書きたいと前々から話していたんです。それで、この曲ができた時に、物語を見ているような曲になるんじゃないかなと思って、今こそ『ドン・キホーテ』をモチーフに書こうと。

■僕は『ドン・キホーテ』を読んだことがなかったので、Wikipediaで調べてきたんですけど、勘違いした勇者が主人公のドラクエみたいな話というか。

Hina そうですね。(笑) 現実と空想がごっちゃになっちゃって。

Mona 私たちKitriも空想が好きで、歌詞を書く時も空想の世界を表現することが多いので、そこにシンパシーを感じているんです。なので、この曲では思う存分、空想的なところを表現できたかなと思います。

■お二人は『ドン・キホーテ』をいつ読んだんですか?

Mona 正確には覚えていないんですけど、5年以内くらいかな。

Hina 私は大学生の頃に芸術学を専攻していたんですけど、先生がベルクソンという哲学者の専門で、ベルクソンが『ドン・キホーテ』について語っているところがあったので、読まざるをえなかったんです。

■家にあった本を二人で読んだとかじゃなかったんですね。

Mona そうなんです。別々のタイミングで『ドン・キホーテ』に出会っていて。

■実際の歌詞はドン・キホーテの心情が反映されているんですか?

Mona 空想していろんな世界に行っちゃうところはテーマにしているんですけど、この曲自体は私たちの空想というか。『ドン・キホーテ』のモチーフと私たちの空想が合わさったような歌詞になっています。

■小説と読み比べて聴くのも楽しそうですね。その3作連続配信があって、今年2月にも“未知階段”を配信リリースされましたけど、これは『就活狂想曲』(2012年に発表された吉田まほによるアニメーション)からインスピレーションを受けて作られたと聞きました。

Mona 学生時代にたまたま出会ったアニメーションなんですけど、その時に「就活って、こういうものなんだ」と初めて知って。いろんなものに左右されてうまくいかないとか、自分自身が人に影響されて変わっていっちゃう姿とか、そういうところに視点を置くのはおもしろいなと思って、それから何年か経て作り始めた曲なんです。だからコロナよりもずっと前に書き始めたんですけど、いろんな出来事によって変わっていっちゃう世界とか、思い通りにいかない様子とか、今のタイミングにピッタリなんじゃないかなと思って、このアルバムに入れることになりました。