曖昧な感覚を言葉と音で繋げる、斉藤壮馬の『Nuance』。
斉藤壮馬が11月5日に全曲書き下ろしのニューEP『Nuance』をリリース。声優、そしてアーティストとして活躍の場を広げている斉藤壮馬。「ニュアンスカラーというはっきりとした色名では表しにくいあいまいな色があるように、何色と言葉にくくれない感情や音があってもいい、またそれぞれのニュアンスがあっていい」というテーマを持つ今作には、曖昧な感情や情景を独自の言語感覚で描く楽曲が集まった。インタビューでは「発表2日前にタイトルを変更した」という今作について、掘り下げて話を訊いた。
■今作を聴いて、まず「斉藤さんの音楽ってかなりストレートにバンドサウンドなんだな」ということに驚きました。音楽的な理想はどこにあるんですか?例えば「生まれてみたかった時代」とか。
斉藤 逆に「今」に生まれてよかったなという感じがします。年代的には1980年代〜2000年代くらいの音楽が好きなので、割とそういう楽曲になっているかなとは思うんですけど、今回はバンドサウンドを前面に押し出した感じになっています。バンドを始めた時は、カート・コバーン(ニルヴァーナのギター・ボーカル)みたいな、シャウトがカッコいい人にすごく憧れがありました。自分の声がかなりソフトめなので、ウイスキーでうがいをしてみようかなと思ったりもしましたけど(笑)、「自分の楽器(声)」は変えようがないので、「自分の楽器でどういう曲を歌っても別にいいよな……」という気持ちになれたのが今回かなという気がします。
■後々のことを思うと、その時にウイスキーでうがいをしなくてよかったですね。(笑) 2024年のリリースでは制作合宿もしたんですよね?その時からの学びはありましたか?
斉藤 「酒を飲みすぎてはいけない」ことでしょうか。(笑) うちのバンドメンバーは全員真面目なので、日中はちゃんとスタジオワークをしているのですが……。ただ、まぁね、1日は24時間ありますもんね。(笑) でもやっぱり合宿をやったことで、ツアーとはまた違うバンドの絆の深まり方をしました。うちのバンドは、僕の1stライブの時に集まってくれたメンバーとずっと一緒にやってきていて、だからバンドの結束力というか、グルーヴの高まりはどんどんと上がってきています。あと、みなさん演奏がめちゃくちゃ素晴らしく上手いので、音源にも「信頼しかしていない」という気持ちが出ているかもしれないですね。
■その、まとまり感みたいな所はサウンドからも強く感じました。先ほどお話にも出たカート・コバーンの時代なんて、まさに昼も夜も関係なくメンバーでお酒を飲んでいたような感じですからね。(笑)
斉藤 そうですよね。(笑) そこも含めて「同じ釜の飯を食う」じゃないですけど、やっぱり時間を共にするということは、すごく大事だなと思います。僕もですけど、みなさんやっぱりそれぞれのスケジュールがあるので、うちのバンドはフラっとスタジオに入ってセッションをするというようなことがなかなか難しくて。その分、限られた時間の中で高められる結束力は高めていきたいとみんなが思っています。
■素敵ですね。そして今作のタイトルですが、この『Nuance』というタイトルがテーマとして先にあったのでしょうか?
斉藤 いや、ここ最近の何作かは、コンセプチュアルに制作したものが多かったので、今回はあまりそういうふうに先にテーマを決め込みすぎずに、今やりたいこととか、今ある曲とかをまず集めました。それぐらいラフな質感のものが欲しいなと思ったので。でも、「ラフに」とは言っても、曲がだんだんと集まってきた段階で、MVやジャケット写真などのビジュアルの撮影があるじゃないですか。その時の仮のテーマが、「ミューシグ(mysig)」(スウェーデン語で「心地良い空間」)というものでした。今回はコンセプトとして、撮影をできるだけコンパクトにしたいなと思ったんです。その理由は大変だから。(笑)
■それは立派な理由になりますね。(笑)
斉藤 なので、密室みたいな、ワンルームアイデア系のテーマで作りたいなと思っていたんです。前作が『Fictions』というフルアルバムで、「フィクション」という自分がデビュー当時からやってきたテーマに正面から向き合った作品だったこともあり、今作はそうじゃなくて、もう少しパーソナルな、内省的でこぢんまりとしたものにしたいというところから始まりました。それで、その「ミューシグ」というタイトルにして、心地よい系で……という感じで、ビジュアルを撮影していきまして。それもめちゃくちゃ気に入っていたんですけど、いざ曲が上がってきたら、意外とこう……「歌詞が暗いな」と。(笑) あんまり「ミューシグ」していなかったんですよ。(笑)
■その時になって気付くこともありますよね。
斉藤 だから、タイトルを発表する2日前に、この『Nuance』というタイトルに決めました。でもなんか、『Nuance』というのは、受け手によっていろんな捉え方になるじゃないですか。僕は0と1のどちらかじゃなくて、0と1の間にある曖昧さみたいなものがすごく好きなので、結果的には収まりのいいタイトルになったなと思います。
■確かに。でも結果としてすごく「ニュアンス的な作品」になっていて、良いタイトルだなと思いました。そして1曲目の“lol”ですが、咳払いみたいな声から始まるのには、何か意味があるんですか?
斉藤 これは海外のインディーバンドが、ガレージで1発録りをしているイメージなんです。ライブテイクで、ドラムから始まって、ギターが重なってきて、ベースが入ってきて、そろそろ歌うぞ……みたいな感じを入れたいなと思って。それで、これは別に言うべきことじゃないんですけど、本当の咳払いではないんですよ。ちゃんとそれ用に録った音源です。(笑)
■あ、別録りの咳払いなんですね。(笑) 最後も笑って終わっていますよね?
斉藤 イメージとしては、「今のテイク良かったね!」みたいな感じです。バンドがみんな向き合っている状態で、「いっせーの、せ」で録って、録り終わって「今の良かったね!」という感じが出せればいいなと思いました。
■実際にこれはガレージで手作りしている音楽の感じがあったんですよ。そういうのがお好きなんですか?
斉藤 好きですね。2000年代、僕が中学生ぐらいの時にロックンロール・リバイバルという音楽のムーブメントがありました。「音楽が複雑になりすぎたので、シンプルに回帰しよう」みたいな感じのムーブメントです。ザ・ストロークスみたいなバンドがいた時代にちょうど洋楽を聴き始めたので、やっぱり「ガレージ感」は、自分の中の大きなルーツの1つではあると思います。
■歌詞については、語感が強い感じがしたんですよ。何から着想されたのでしょうか?
斉藤 そもそも自分が音楽を作る時には、いわゆる何か主張があったり、伝えたいことがあるわけではなくて。例えば“lol”だったら、「lol」という短編小説があって……みたいな作り方をしているんです。でもこれは押韻の気持ち良さとか、耳で聴く心地よさというのを、歌詞もビートも大事にしています。発想としては、洋楽的ですよね。コード進行は一緒なんだけど、メロディを変えることによって、曲に違う表情が生まれてくるという発想をしたかった、というところから書いているので。歌詞は一言で「こういう曲です」ということも可能だし、でも、そこにあまり意味を感じてもいないです。各々が好きに楽しんでいただけたらと思います。
■ちなみに、一言で「これ」という場合は何になるんでしょうか?
斉藤 ほぼ歌詞に書いてある通りなんですけど、「もう絶対やめとけばいいのに、もう1杯飲んじゃう」ですね。(笑)
■でもその最後の1杯って美味しいんですよね。(笑)
斉藤 最後の1杯って、絶対に最後の1杯にならない。(笑) そう思って歌詞を見ていただくと、もうそのことにしか見えないと思います。「酩酊寸前」とも言っていますしね。(笑) 意味合いというのは、歌詞において大事な部分だと当然思うんですが、これはバンドサウンドの心地よさとか、気持ちよさをお届けできたら嬉しいなと思います。
■「炭酸弾けていく」のところとか、なんだかASMRみたいでした。
斉藤 あれはいつもお世話になっているスーパーエンジニアの林さんという方がいらっしゃって、「こういうふうにしたい」と言って素材だけ録って、でも最終的にはカットするかもしれないと思っていたんですけど、すごく綺麗にハメ込んでくれたので、採用しました。
■本当に聴いていて気持ちがよかったです。そして、2曲目は“afterschool”。最初に聴いた時に思ったのは、2010年代のアニメソング感でした。ED曲に似合いそうですよね。なんでアフタースクール(放課後)なんですか?
斉藤 まず言いたいのが、「タイアップ募集しています!」。(笑)
■なるほど。(笑)
斉藤 この楽曲に関しては、最初の3行で世界観が安定しているというか。10代の時の、学生時代の自分の延長線上に、大人になった主人公がいるんです。その人は本当の情熱を持っていた10代の頃ほどの熱をもう失くしていて、その余韻で今も生きていて。なんなら、その人は今も本当に熱があるかのように振る舞っているんですが、それは虚像である……というような立て付けになっています。それを「放課後」という概念で表現している感じですかね。
■この歌詞の「光」というのは、憧れの光なんでしょうか?
斉藤 そういう人もいるでしょうね。
■それぐらいの理解度でいいんですか?
斉藤 そもそも「曲を理解する」という発想がまず、僕にはあまりないんです。
■リスナーの中には多分、この歌詞を斉藤さんのご経歴に当てはめて、「こうなんじゃないか?」と考察する方がいらっしゃると思いますが……。
斉藤 作家論的に読み解いていただいたり、過去と現在を比較して「こうなんじゃないか?」との読み解き方をしていただいたり、いろんな曲の咀嚼の仕方はあると思うんですけど、僕は「何かコンテンツを楽しむ時、どう読むか、どう解釈するかは、その受け手の自由。ただ、その解釈には責任を持つ必要がある」と考えています。自分がその音楽を世に出した段階で、もう、ある種、自分の手から離れているものなので、メッセージソングではないということだけ踏まえてもらえれば、「この曲はこういう風に読み解いてくれ」というのは特に無いですね。
■ご自身的にはメッセージソングでも、パーソナルソングでもないという感じですか?
斉藤 どちらかというと、パーソナルソングかもしれないです。「光」が「憧れ」という読み解き方もアリだし。多分、この曲の主人公は、今いる場所は自分が本来いるべき場所ではないと考えているんですよ。それは「自分はこんなもんじゃない」ということじゃなくて、「自分は分不相応な場所にいる」という人なのかなという気がしますね。
■「本当は会社員じゃなくて、フリーターが正しかったんじゃないか?」みたいな?
斉藤 うーん、この人は「学校」という場所から抜け出せていないんですよ。だから、この人は余熱で歩いていて、それで、それは放課後の世界がずっと続いているような感覚だから、それを今も引きずってしまっているんじゃないかなと思います。
■この曲は、韻もかなり意識されてますよね?
斉藤 そうですね。自分が歌詞を書く時に、押韻はすごく大事にしています。昔の方がもっと厳密にやっていて、韻の踏み方にルールを設けていたんですが、そういうところから自分を解き放って、今回は「そこまで厳密じゃなくてもいいな」という踏み方にしています。
■でも、その次の“マヨヒガ”はだいぶ厳密じゃないですか?
斉藤 これはなんというか、全体的な捉え方になってくるんですけど、僕にとってAかBかというのはすごくどうでもいいことなんです。Aであってもいいし、Bであってもいい。AとBの間にある言語化不可能な領域が大事なので、韻は踏んでいても踏んでいなくても、曲が「そうしろ」と言うならば、それでいいと思っているんです。
■なるほど。「マヨヒガ」というと東北の伝承のイメージがありますが、それにしてはこの曲はだいぶリフが太いですよね。(笑)
斉藤 これはそもそも、タイトルが途中で出てきたんです。最初にサビのメロディが思い浮かんで、それをボイスメモで録って、アレンジャーのSakuさんに送ったんです。それで、「とにかくヘヴィなリフが欲しいです」と言ったら、サビのバックで流れているフレーズを作ってくれました。Sakuさんは「もしかして僕の思考をトレースしているんじゃないか?」と思うくらい、「まさにそれです!」というものを作ってくれるんです。(笑) そこから全体像が固まったので、「ちょっとフルで作ってみます」と言ったら、割とスパッとフルができまして。それで、僕は東北の民間伝承の『遠野物語』がすごく好きで、特に「迷い家」の話が大好きなんですよ。そして「迷い蛾」と「マヨヒガ」で韻が踏めるなということで、踏んでみました。そして山中にある迷い家に迷い込んでしまうのと、誘蛾灯に引き寄せられるのと、そのイメージを重ねる発想が生まれて。特に「和風にしよう」という意識はないんですけどね。
■実際、めちゃくちゃ英語もありますしね。
斉藤 そうですね。今までは英詞をそこまでしっかりとは使ってこなかったんですよ。でもこの曲ではファルセットのハーモニーを聴かせたいなと思って。今までは適当な英語で歌って、それに近い響きの日本語を探すという方法を選ぶことが多かったんですけど、初めてちゃんとフレーズとして入れてみました。音像も今までの自分の曲からするとだいぶヘヴィ寄りです。それで、「自分のような声質の人が、こういう曲を歌ったっていいじゃないか」と思えるようになりました。10代の頃だったら絶対生まれていなかった曲じゃないかなと思います。
■この曲の面白いのが、全てのサビでほぼ言っていることが違うのに、耳で聴いていると、同じに聴こえることなんですよ。わざとそうやって発音しているんですか?
斉藤 音で聴いた時に、このメロディにはこの言葉の響きがマッチする……という感覚があるじゃないですか。それを意識しています。「概数戯画ってなんだよ?」みたいに思いますけど、押韻の仕方としては、ディストーションをかけたファズヴォイスで、一瞬ブレイクする時に、どういう音が響くかを気にしました。「言葉」になる前の「音の響き」を届けたいので、似たような響きにしました。
■ちょっとラップ的な発想で、また面白いですね。
斉藤 そういうのは結構、自分の曲では多いかもしれないです。「この音」というのが一番先にあって、そこに当てはまる言葉を探していきます。そうしていくと、日本語としては破格だけど、歌詞としてはこれ以外あり得ないというフレーズが出てきたりします。
				
													






