世武裕子 VANITYMIX WEB LIMITED INTERVIEW

いつも、これが最後かもしれないからなるべく自分が思ってるピアノを弾きたいし、思っている曲を書きたい。

世武裕子が『あなたの生きている世界2』を配信リリース。昨年11月にリリースした『あなたの生きている世界1』に続く本作は、荒井由実“やさしさに包まれたなら”、坂本真綾“プラチナ”の他、自身の楽曲である“みらいのこども”の歌詞を一部変更した“みらいのこども2023”を含めた全6曲が収録されている。映画『星の子』、『女子高生に殺されたい』など、多くの映画・ドラマ音楽を担当する一方で、サポートキーボーディストとして、シンガーソングライターとしての活動など、様々な方法で音楽と関わっている世武。今作の収録曲への思い入れと同時に、どんな思いで音楽に触れ、作曲をしていくのか、幼少期のエピソードも交えながら語ってもらった。

■昨年、『あなたの生きている世界1』をリリースした段階で、今作以降のことは考えていたんですか?

世武 そうですね。少なくとも1と2はもう考えていました。このシリーズは不定期で続けていけたらいいなと思っているので、こういう形式になっています。自分が歌詞に「はっ」としたり、「すごいな」と思った経験が強く残っている曲から選んでいます。

■今作はアニメ主題歌であったり、ジブリ映画の楽曲であったり、映像と関連づいている曲が多く収録されていると思うのですが、聴いていて印象に残る曲は映像と結びついている楽曲であることが多いんですか?

世武 アニメや映画が好きだからこそ、その主題歌やそこで歌われている曲が残っているということも、もちろんあります。でも例えば映画の主題歌でも、映画を思い出す要素としての主題歌ではなく、どちらかというと自分が思い描いている別の世界が音楽にあって、それを具現化しているという状態なんですよね。直接的に映画はあまり関係ないというか。私の解釈に映画は遠い存在でもあります。

■楽曲を聴いている際に、映像や視覚的なイメージが広がっていくような感じなんですか?

世武 人間から見た時の雲みたいな感じなんですよ。雲って私たちから見たら、いつの間にかできていて、いつの間にかに動いて消えているじゃないですか。でも物理的にはいつの間にかはできない。自分にとって音楽って、気づいたら「あ、雲出てる」という状態で、もう存在しているんですよ。それを偶然見たか見ていないかが、この曲をカバーしたかしていないかっていうことに近いんですよね、言葉で説明しようとすると。

■ご自身のオリジナル曲を一から作る時の感覚も、それと似たようなものなんですか?

世武 全く一緒です。急に浮かんできて、それを見た人が記録して、そこにあったんだと証明していく動作という感じ。

■映画音楽を作る際も同様ですか?それともその場合は別の考え方があったりするんですか?

世武 映画も「あるもの」を掴むという意味では一緒です。ただ、映画は映像がありますし、映画音楽は役者さんが役として一番正しく輝くための最後の一手みたいな存在なので、そこに徹することの方が多いかもしれないですね。

■収録曲についても伺えればと思うんですが、世武さんのオリジナル曲である“みらいのこども”を今収録した理由はどんなものだったんでしょうか?

世武 気づいたら10年経っていた曲ですね。自分のライブの時に“みらいのこども”をやることになって久しぶりに聴いたら、妙に励まされる部分があったんです。一方で10年前の自分とは違うから、「この歌詞をこういう風に変えたら今届けたいものになる」という部分もあって。それで歌詞を変えて入れることにしました。

■歌詞の一部を変えることも、自然な流れだったんですね。

世武 そうですね。歌詞を変えなければならないと思ったことも嬉しかったです。やっぱり10年間で人としての成長がないといけないし、それが自分の求めていた成長だったと気づきました。そういう確認作業にもなったなと思います。

■世武さんの中では、具体的にどういった変化や成長があったんでしょうか?

世武 人って、最初は生まれたくて生まれてくるわけじゃないけど、生まれたからには生きなきゃ仕方ないって生きていると思うんです。死ぬのもつらいから生きる中で、私はつらいことが多かったんですけど、今歌詞を変えることで、自分のつらかった部分がちゃんとインクルードされている状態になったなぁと思います。そして、自分がちゃんと背中を押したいと思う側に来られた。その変化で嬉しかったのは、今までいろんな人たちに助けてもらって、自分が背中を押してもらったことに気付けたこと。まだ私は気付ける余地があったということも嬉しいし、気付き続けたいという気持ちもあったし。そういう曲になったなと思います。

■10年前の時点で、“みらいのこども”の歌詞はどんな思いから生まれたものだったんですか?

世武 すごくポジティブな内容の歌詞で、実際に今聴いた私も励まされたんですが、この歌詞を10年前に書いた時は、「こうだったら良いな」という世界を書いただけで、そこに自分はいなかったんですよね。だから、自分の中ではすごく苦しい曲だったんです。結構絶望していたし、だからせめて幸せに生きることの出来る人には幸せに生きて欲しいと思っていました。

■そんな歌詞を未来になってご自身が受け取って、また残していくと

世武 音楽だけじゃないんですけど、受け取ったものは残していかないとなくなってしまう。「作品は残る」ってよく言いますけど、聴く人がいなかったらそれはただの物質でしかない。

■今作のアルバムのコンセプトとしても、「残していく、語り継いでいく」といった意味合いは含まれているのでしょうか?

世武 でもそんなに大それた気持ちもないんですけどね。というのも、矛盾するようですが、音楽の力は信じていて。「いいものは頑張らなくても語り継がれるだろう」と思っている部分もあるんです。ただ、語り継いでいる最中の自分としては、すごく頑張って「このメッセージを必要な人に届けたい」という切なる思いがあって。こうやって言っている何秒何分のうちにも、絶望に耐えられなくなっている人が世の中にいっぱいいるわけじゃないですか。時間ってあるようでないから、そういう意味でも必死になっちゃうというか。私じゃなくてもいいし、音楽じゃなくてもいいんだけど、誰かが手を差し伸べないと手遅れになることが世の中にはたくさんあるし、手遅れになったらそこには後悔しか残らないので、そうはなりたくないなという気持ちが常に自分の生き方としてあるんですよね。

■宇多田ヒカルさんの“Deep River”は、どういった経緯で選ばれたんでしょうか?

世武 宇多田ヒカルさんは同い年で、誕生日もすごく近いし、すごく好きな曲もいっぱいあるし、彼女の曲はなにかやりたいなとずっと思っていました。

■資料にあるコメントには「『梟が司る森羅の世界』に導かれるような、なんとも形容し難い魅力があり、その感覚を音楽で映像化してみよう」とあります。詳しく伺ってもいいですか?

世武 この曲、原曲は結構淡々としている感じで録られているんですが、サビのところを聴いた時に、梟がいる暗めの森を空撮で撮って……という、カメラワークも含めて映画みたいなイメージがすごくあったんです。なので、その映画により寄せていく作業というか。音源ですけど映画を撮っているという気持ちでカバーしています。

■そういったイメージが、それこそ先ほどの雲の話のように自然と出てくるんですね?

世武 そうですね。日常の中でも言葉に詰まったりする時もあるんですけど、言葉は全部景色でインプットしているんですよ。だから、説明するとすごく難しくて長いことでも、「私が絵が上手だったら全部描いて伝えられるのに」と思うんですよね。それも伝わらないかもしれないんですけど。でも私にとって景色ってそれくらい具体的なので、「これを見せたらわかるのに、どうしてこれがみんなに見えないんだろう?」という寂しさや、もどかしさみたいなのがずっとあるんですよね。

■それは映画音楽を作られていることとなにか関係があるんですかね?

世武 映画音楽以前の、幼い時からずっとそうでした。小学校の時から、別のパラレルな街みたいなところに生きているイメージというか、『トゥルーマン・ショー』みたいな感じ。「みんな現実世界にいることがつまらなくないのかな?こっちの世界はもっと面白いことがいっぱいあるのに、普通に友達と遊んだり、ご飯食べて学校行って何しているんだろうな……」という気持ちがあったというか。

■そういった、景色を具体的に感じる特性は、映像に音楽をあてる際に活かされていると感じることもありますか?

世武 それで言うと、人の顔色を伺ったり、ちょっとした仕草で「今一瞬この人はこう思ったな」とか、そういうのが分かる能力の方が、映画音楽には活かされています。役者さんのちょっとした仕草に対して音を細かく当てて、そこを外さない勘というか。そうするとお客さんに伝える時によりダイレクトに伝わっていくから、演技がクリアになっていく。それこそがサントラに向いている自分の素質だと思っています。

■次の曲“やさしさに包まれたなら”は、原曲とはかなり印象の違うアレンジになっていますね。

世武 これはある日ピアノの前に座って、ピアノの練習をしようと思ったら、急に今回私がカバーしたバージョンでこの曲が脳内に流れてきたので、それを弾いたというだけですね。……なんか急にセーターを編むみたいな感じ。糸がわーって繋がっているように、ピアノを弾くみたいな。

■そうしたらセーターができていたっていう?

世武 そうそう。

■“プラチナ”はいかがですか?

世武 “プラチナ”だけはちょっと異質で。「好きな曲をカラオケで歌いたい」みたいな純粋さがあります。でもそれはそれで自分らしくていいなと思って。「純粋な気持ちのまま、ただ好きな曲を歌っています」という状態です。

■それほど“プラチナ”を好きになったのは、どうしてなんですか?

世武 どうしてこんなに好きなのかが不思議なんですよね。(笑) 『カードキャプターさくら』がすごく好きなんです。「オープニングのさくら可愛いな」っていう感じなんですけど、それにすごくこの曲がフィットしていたんですよ。自分だけがすごく好きなのかと思ったら、めちゃくちゃ同世代にファンが多くて。「そんなにこのアニメみんな好きだったんだ!早く言ってよ」って大人になってから思います。(笑)