声優アーティストならではの強みを凝縮。初アルバムに“全曲違う自分”で挑んだ理由
2019年にシングル『Present Moment』でソロアーティストとしてデビューした富田美憂が、約1年半の時を経て初のアルバム『Prologue』を完成させた。これまでリリースしてきた3枚のシングル曲はもちろん、初めて自身で作詞した“Letter”など全10曲を収録した本作は、「10曲全部違う富田美憂になれたら」と本人が言う通り、声優としてキャリアを重ねてきた彼女ならではの変幻自在な歌声が発揮されている。「息を吸う場所までこだわりたい」と自身の表現を徹底的に突き詰めたアルバムついて、アーティスト活動に対する確固たる信念を交えながら語ってもらった。
■初のアルバムが完成しましたが、YouTubeで去年の夏から準備していたと言っていましたよね。
富田 サードシングルの『Broken Sky』を制作していた時には、アルバムの骨組みを組み立てていく作業を並行してやっていました。リリースすることは今年の春に発表したんですけど、その時は「やっと言えた!」という気持ちでしたね。それまでは、うっかり「アルバムが……」とか言っちゃいそうで、生放送とか怖かったです。(笑)
■そうだったんですね。(笑) 昨夏の時点でこんなアルバムにしたいというのは見えていたんですか?
富田 制作が決まった時に「歌いたい曲の雰囲気とか、決まったらでいいので教えてください」と言われたんですけど、私は子供の頃から歌える声優さんを夢見て、そういう想像は自分の中でたくさんしてきていたんです。だから、自分の中ではアルバムで歌いたい曲とかもハッキリしていて、そんなに悩むことはなかったです。
■富田さんから「こういう曲をください」みたいな感じでリクエストしたんですか?
富田 細かく出させていただきました。たとえば“片思いはじめました”だったら、「少女漫画のようなピュアな恋愛の曲が欲しい」ですとか。あと「ズバ抜けて大人っぽくて、いい意味で今までの富田美憂とは逆のイメージの曲をください」とか。それでコンペさせていただいて。シングルの時もそうなんですけど、コンペでは直感的に「これ!」と思った曲を選んでいるので、そこまで曲選びにも時間はかからなかったと思います。
■ファーストアルバムから、それだけハッキリとビジョンが見えているのも珍しいですね。タイトルの「プロローグ」という言葉は、デビュー曲の“Present Moment”の歌詞にも出てきますけど、ここから取ったんですか?
富田 マネージャーさんからも「意識したの?」と言われたんですけど、言われて初めて気づいたんです。5〜6案考えた中から選んだんですけど、アーティストとしては初めての区切りでもあるし、これから何十年と声優として、アーティストとしてお仕事をしていく中で、この『Prologue』より上のレベルにいかないといけない。もちろん曲を出す時は毎回、今できる力すべてを注ごうと思うんですけど、「これって、まだ始まりじゃない?」みたいなコンセプトが自分の中にあったので、そういう意味で『Prologue』に決めました。
■もともと“Present Moment”は、アニメ『放課後さいころ倶楽部』のオープニング曲でしたけど、このアルバムでは1曲目になっていて、まさにプロローグ感があるなと思いました。
富田 そうなんですよね。ほんと「1曲目!」という感じがして。
■1年半前に歌っていた時と、アルバムに収録された今とでは、曲が持つ意味も変わってきていますか?
富田 当時はアーティストとしてデビューするにあたってのワクワク感や不安感を歌っていたんですけど、今は初心に戻れる曲というか。声優のお仕事も歌のお仕事も、初心に戻ってフレッシュな気持ちを思い出すことってすごく大事なので、自分の中では原点の曲ですね。
■リリースした当時もアニメの曲というより、自分のスタートみたいな意識が強かったんですか?
富田 どっちもです。『放課後さいころ倶楽部』では、私も大野翠ちゃんというメインキャストのひとりを演じていたので、自分の気持ちであり、翠の気持ちでもありみたいな感覚でした。
■タイミング的にも翠の気持ちと自分の気持ちが重なっていた?
富田 そうですね。そのキャラクターとしても、イチ富田美憂という人間としても、この曲を歌うことができる。いろんな観点から曲に没入できるというのは、アニメタイアップだからこその楽しみ方だなと思います。
■アニメのイベントで歌ったらキャラクターに寄るし、自分のコンサートで歌ったらまた違う気持ちになるし。
富田 そういう意味では以前、ラジオで作詞の金子麻友美さんがゲストで来てくださったんですけど、“Present Moment”は、私が5年後に大きいステージで歌っているところを想像して作ったと言ってくださって、それはすごく印象的でした。
■その話はデビュー当時は知らなかったんですか?
富田 知らなかったです。「Present」という言葉も、私へのプレゼントという意味で使ってくださっていたらしくて、聞いた時はビックリしました。
■それを踏まえて聴くと曲の印象も変わってきそうですし、1年半前の曲をアルバムで聴く意味を感じますね。
富田 そうなんです。今回のアルバムは、自分の中で「成長過程」をテーマに歌っていて。だから“Present Moment”を1曲目にしたんです。この10曲を聴き終えた時に、昔から応援してくださっているファンの方々に「成長したな」「引き出しが増えたな」と思っていただいたり、私との日常みたいなものを振り返っていただいたり。そういうアルバムにしたかったので、今まで歌ってこなかった大人っぽい曲とか、いろんなタイプの曲を入れたんです。
■それこそリード曲になっている“ジレンマ”は、歌ってこなかったタイプの曲ですけど、どういうオーダーをして作ってもらったんですか?
富田 もともとはサードシングルのコンペであがってきた曲で、その時はタイアップする作品のイメージと合わなかったので、「どこかで歌えるタイミングがあったらいいね」と言っていたんです。コンペで初めて聴いた時から、みんなが「いいね!」となっていたので、改めてアルバムで歌うことができて、すごく嬉しくて。それに、デビューしたばかりの頃だったら、歌えなかった曲でもあると思うんです。3枚のシングルをリリースして、経験を積んだからこそ完成させることができたと思っています。
■それだけこの1年半で成長できたということでもありますよね。
富田 1年半という短い時間かもしれないですけど、声優だけじゃない歌のお仕事をしていると、本当にどれもが新鮮なお仕事ばかりで。こういうインタビューとかも、以前はキャラクターについて話すことが多くて、自分自身について話すことには抵抗があったんです。でも、今は連載コラムを書かせていただいたりしているんですけど、それで喜んだり、共感してくださったりする方がいて、「私も自分の考えを発信していいんだ」と思えるようになったんです。
■前はどうして抵抗があったんですか?
富田 「こうありたい」とか、「これが好き」とか、自分の個性を出して、否定されることが怖くて、なかなか自己主張できずにいたんです。でも、きっと喜んでくださっている方の方が多いし、味方はいっぱいいるということがわかって、アーティスト活動を通して、自分を発信することの楽しさを教えてもらえたなと思います。
■自分がファン側だった時は、そういうことを声優アーティストに対して求めていなかったんですか?
富田 好きなアーティストさんが新しいことに挑戦してくれた時は、自分のことのようにワクワクするから、自分的にはすごく嬉しいことでした。でも、実際に自分がファンの方を前にすると、すごく勇気がいることだなとも思って。今回のアルバムも、アニメ好きの方には聴き馴染みのないサウンドもあると思うので、そういう意味でも挑戦ではあったんですけど、それも含めて富田美憂だから、素直に「自分がやりたいことを見て!」って、みんなに言えるように努力はしてきたつもりです。
■何をやっても反対する人はいるでしょうし、考え出すとキリがないですよね。
富田 ないですね。もう哲学ですよ。ただ、何年アーティスト活動を続けていても、常にいい意味で期待を裏切り続けて、毎回驚きを与えられるような歌を歌っていきたいです。
■この“ジレンマ”は別れの曲だと思うんですけど、ラブソングなんですか?
富田 ラブソングです。すごくモヤっとした気持ちが残る曲というか、ビターな曲という表現がしっくり来るなと思っていて。“Present Moment”とかは、「夢に向かって」とか、「ひたむきに走って」とか、フレッシュさが武器の一個になっていたと思うんですけど、この“ジレンマ”ではフレッシュさは封印して、大人の富田でいこうと思っていたので、いつもより太めの声で歌ってみたり、語尾もモヤっと感が残るようにタメてみたり。自分の技量みたいなものが試せる曲だと思ったので、挑戦はすごくしましたね。
■「何も知らなかった ままでいた方が良かった」という歌詞は、何を知ってしまったんですか?
富田 めちゃくちゃ想像が膨らみますよね。(笑)
■答えを聞かない方がいいかもしれないですけど、何を想像して歌ったのか気になって……。
富田 聴く人によって解釈が違うのが、楽曲のおもしろいところだなと思うんですけど、アルバムにはかわいい楽曲とかも入っている中で、とにかくギャップを見せたい気持ちがあって。新しい作品を出す時はいつも新しい富田美憂の引き出しを開けて、ちゃんとそれをアウトプットしていきたいんです。それで私、今までは声優のお仕事でも、大人っぽいキャラクターを演じる機会が少なかったんですけど、それがここ1年で急に増えて。それは歌にも言えることで、この曲はピュアな恋心というよりは、心の内のドロドロした部分を描いていると思ったんです。イライラしている感じとか、嫉妬心とか、あまり綺麗ではない感情を出せる曲だなと思ったので、そこはすごいがんばりました。
■ちなみに普段、そういう感情はあるんですか?
富田 ありますよ。全然あります。私も人間ですもん。(笑)
■そうなんですね。(笑)
富田 私はこの仕事が大好きで、この職以外は考えられないんですけど、自分より才能ある人はいっぱいいるじゃないですか。そういう人たちを目の当たりにした時に、何よりも自分が好きなことをしているはずなのに、「なんでこんなにしんどくなるんだろう?」って。これも考えたらキリがない哲学なんですけど。(笑) 今までは10代の声優としてやってきて、それが大人になって、ライバルも増えて、思うようにいかなくなって、毎日のように泣いている時期があったんです。このアルバムのジャケ写を撮っていた頃なんですけど。
■最近の話じゃないですか!
富田 はい。(笑) その時に考えたんですけど、好きなことをやっているからこそ苦しくなるんだと思うんです。本気で向き合っていなかったら、そもそも悔しいという感情も出てこない。いっそ辞めやめてしまって、他のことをするとか、きっと楽になる方法はいっぱいあるのに、「なんで私はこの仕事を続けているんだろう?」って思う時って、たぶんみなさんもあるじゃないですか。
■頻繁にありますね。
富田 たとえば今回のアルバムも、たぶんファンの方々には喜んでいただけると思うんですよ。それを考えると、「楽しいんだよなぁ」って。ステージに立った時も、すごいテンションが上がって、「楽しい!」みたいな瞬間があって。その瞬間はこの仕事をしていないと味わえないから、私はここに立っていると思うんです。アフレコとかしていても、自分の力が作品のためになっているとか、いいものが出た時だけに味わえる感情があって。それを一回経験してしまったから、辞められないんだなぁって……なんの話でしたっけ?(笑)