人生の楽しさとほろ苦さに寄り添い歌う「my space my time」。
星の飾りが吊るされた天井に、柔らかなカーテンへ反射する夜の明かり。どこか懐かしい選曲のBGMがスピーカーから流れる中、楽器が並ぶステージの上では花瓶やクマのぬいぐるみが開演時間を待っている。その時が過ぎて現れたバンドメンバーがイントロダクションを奏でれば、明るい光の中に有華が笑顔を輝かせた。4月12日(土)に有華が東阪ホールツアー『YUKA「my space my time」TOUR 2025』の東京公演を日本橋三井ホールで行った。3月に東阪ホールツアー『my space my time』をリリースした有華。今回のホールツアーでは東京公演の1週間前に、サンケイホールブリーゼにて大阪公演が行われていた。「『my space my time』ツアー東京公演へようこそ!みんなノってる?最初から盛り上がれる〜?」と、両腕でハートのポーズを作り、“LOVESICK”で幕を開けたこの日のライブは、“#Me”、“Baby you”とポップなナンバーが続いていく。重厚なサウンドに明るい歌声を弾ませ、歌詞に合わせた手ぶりを交えつつ、軽やかな足取りでステージを踏む有華。舞台上からファンへ手を振り、歓声を抱きしめるその姿を眺めていると、このホール全体が有華の「好き」を詰め込んだ自室になっていて、そこに招かれているように錯覚する。

「初っ端から立たせちゃって子連れの方すみません。座っても覗き込むから大丈夫やで」オープニングの3曲を歌った有華は、冗談を交えつつ改めて観客へ挨拶。新年度が始まったばかりで忙しい中集まったファンに感謝の言葉を贈り、ニューアルバム『my space my time』の曲を1曲ずつ丁寧に伝えることを誓って、クラシカルなミュージカル調の“Bad boy”のイントロを呼び込んだ。温かな色彩に照らされる舞台。ウォーキングベースの推進力に飛び乗ってマイク片手にめまぐるしく表情を変え、有華はスキャットの中に歌声を躍らせる。「新生活が始まったばかりやけど、いつでもどこでも、私は側にいます!」その言葉に続くのは、またもや演劇調のナンバー“ミラクル”だ。新しい世界へ飛び込む不安と期待とを朗らかに歌い上げるこの曲。「こんな私でも変われるのかな…」と歌う横顔には遠くからスポットライトが当たり、その髪にちりばめられた飾りをきらめかせる。観客が振り上げた腕が揺れる向こうで歌われる王道青春ラブソング“告うた”は甘酸っぱく、目の前で積み上げられるサウンドで一層のみずみずしさを得て響いた。そしてライブは「6年前の歌やけど、忘れてへんよな?」という言葉と共に、“Hey girl !!!!”へと流れ込んで行く。ここまで明るい楽曲が続いてきた東京公演。ビビットピンクの照明の反射を受けながらくるりと回った有華は、盛り上がる観客を一度座らせて、ずっと気になっていたらしい小さな子供のファンをステージに抱き上げる。可愛らしいドレスを着ておめかしした小さな子供のファンは照れながらも「有華ちんのこと好き?有華ちん今からお歌を歌うから聴いててね」の言葉に小さく頷き、有華に促されて観客へ投げキッスを贈って大歓声を浴びた。

小さな子供のファンを客席に帰した有華は、改めてニューアルバム『my space my time』について語る。本作には楽しい曲を数多く収録したが、人生の苦しい部分に寄り添う曲も収められているという。そんな「人生のほろ苦さ」を歌う“レモネード”では、有華は浅く椅子に腰かけ、蜂蜜色のスポットライトに甘い声をとろけさせる。弾けるギターで始まったのは“ピーターパンシンドローム”。夜景めいたライティングの中、ステージの上に作られた有華のマイルームでこぼされるのは、綺麗ごとでは済まされない「大人の本音」だった。クマのぬいぐるみに見守られながら、真っすぐな歌声はホールの天井いっぱいに満ち溢れて降り注ぎ、観客を柔らかに包む。2曲を歌った有華は、打って変わって明るい口調で「最近いろんなことをチャットChatGPTに聞いてみている」と話し出す。この頃話題を呼んでいるChatGPT。有華は最初その存在に疑問を抱いていたものの、「シンガーソングライターの有華さんって知ってる?」との質問に「知ってるに決まっとるやん!」と突然関西弁で返されて笑ってしまい、それからはAIに自らの評判を聞いてみたり、「有華の恋が映画になったらどんなタイトルになるんやろな~?」等のユーモラスな回答を面白がったりしていたそうだ。しかし恋愛の話題を振ってその回答を読むうちに、有華はAIの「質問者に共感し、肯定する仕様」について、むず痒い思いを抱き始めたらしい。「AIにはできない、モヤっとした、人と人とで感じる心そのもの。そんな気持ちを歌にしたいし、そんな気持ちの人を歌で救いたいと思います。これからもこの曲、みんなの有華が、みんなの闇を照らせますように」その言葉と共に誰もいないステージの上で、有華はピアノに指を滑らせて“嫌いになれたら”を歌い出す。苦い失恋と、それでも「嫌い」と割り切れない想いを生々しく綴ったこの曲。そこには人が作り出し、人が歌うものだけが持つ確かな強さがあった。

拍手の中で最後まで声を張り上げた有華は、バンドメンバーを再びステージへ呼び戻して紹介する。4月生まれのhanna(Gt)に、健康的な食生活を送る及川創介(Key)、最近娘が保育園に通い出したという山下賢(Dr)。初参加の目純一郎(Ba)は有華の観客の雰囲気について「温かくて、お母さんのお腹の中にいるみたい」と表現し、「お腹の中にいた頃のこと覚えているの?」「いや、覚えていないです」とツッコまれた。そんなバンドメンバーと共に、有華は青と白のストライプの浮き輪をかぶって夏を先取りする“Darling Darling”をドロップ。爽やかなサウンドの中、間奏では浮き輪フラフープにチャレンジするも上手く回せない。それに続くのは、クリスマスソングの“Our Xmas”だ。一気に季節が変わったことに、観客もぬいぐるみを抱えた有華も思わず笑いを漏らす。続く“バースデーソング – 2022 ver. -”ではロウソクの飾りがついたバースデーサングラスをかけ、全ての人の特別な日を祝福した。最後には4月生まれのファンをステージの近くへ呼び込み「プレゼントは握手です」とその手を握った。

ここからはライブも終盤。“リングノート”では「まだまだ盛り上がれるよね?」の呼びかけに応えた観客の後ろ姿が跳ね回り、“Partner”の大合唱に繋がる。有華は“Bestie”を歌いながらバンドメンバーのひとりひとりに絡み、「ありがとう」と歌いながら頭を下げた。「今日は私のライブに来てくれて、いつも私の音楽を聴いてくれて、本当にありがとうございます。無事にみんなの笑顔を見れて、アルバムを作って良かったなと思っています」有華の語るところによれば、アルバム『my space my time』は、自身が20代から30代に変わる節目に制作されたこともあり、焦りを感じた部分もあったという。しかしファンのことを想い、30代は「そこにあるもの」に目を向けて大切にしていきたいと考えるようになった。「レコーディングの時には『ついにこれが形になるのか』と思いました。これからどんなことがあっても一緒に乗り越えていきたいと思います。今日は本当にありがとうございました」その言葉を受け、温かな拍手の中で歌われた“2930”は、人生の一つの節目を迎えた有華が自身について綴る楽曲だ。アルバムに収められた音源よりも強く強く言葉を噛み締めて、有華はリズムの流れに身体を踊らせる。青春の終わりと社会に出て行くこと、恋をすること、夢を追うこと。たくさんのことがあった20代を積み重ねて、30代の有華がある。最後はマイクを持った右手を高く突き上げて、有華はステージを後にした。

アンコールでジャケットを羽織り再登場した有華は、本来の予定であればライブ本編でそのジャケットを着る予定だったが、すっかり忘れたままステージに立っていたことを告白。可哀想なジャケットは、結局「ツアーTシャツを見せたいから」との理由でまたすぐに脱がれてしまった。グッズの紹介を終え、アンコールの1曲目には“うたでつなごう”を披露。声が出せないコロナ禍に書かれたこの曲をファンと共に歌える幸せを歌声にみなぎらせ、有華はひとりピアノを弾き語る。ここでまたバンドメンバーを呼び戻し、彼らやスタッフを称えて観客と共に拍手を贈った有華。「ちっちゃい私が歌手になって、こんなにライブを続けられることに感謝します」の言葉には、彼女の純朴な想いが込められていた。「また必ず、必ず会おうね。『みんな、またね!』の気持ちを込めて、“またね”。」こうして本ツアー最後の曲となった“またね”は、過去の自分へ向けた歌でありつつも、今ここにいる観客たちと出会えた喜び、そして再会を誓う歌として響く。観客ひとりひとりと視線を合わせ、手を振り合って、歌が終わっても感謝の言葉を繰り返す有華。最後までステージに残ってファンに言葉をかけ、「ありがとう」と伝え続けて、そしてゆっくりと頭を下げた彼女は、「元気でね!」の声を残しながら笑顔でステージを後にした。

Text:安藤さやか
Photo:山川哲矢
『YUKA「my space my time」TOUR 2025』@日本橋三井ホール セットリスト
01.LOVESICK
02.#Me
03.Baby you
04.Bad boy
05.ミラクル
06.告うた
07.Hey girl !!!!
08.レモネード
09.ピーターパンシンドローム
10.嫌いになれたら
11.Darling Darling
12.Our Xmas
13.バースデーソング – 2022 ver. –
14.リングノート
15.Partner
16.Bestie
17.2930
ENCORE
01.うたでつなごう
02.またね