大事な人だからこそ、言葉をちゃんと選んでしゃべりたい
SNS世代を中心に人気を誇るシンガーソングライター井上苑子がサードアルバム『白と色イロ』をリリースした。初のアニメOPテーマやCMタイアップ曲を含む全12曲には、自身と向き合ったからこその「自分らしさ」が色濃く表れ、その等身大のメッセージは心にするりとすべり込む。今作に込めた想いについて、これまでのことを振り返りながら話してもらった。
■3枚目のアルバム、テーマは何かありましたか?
井上 最初はとにかくいろんな曲を作ろうと思いつくままに作っていったんですけど、できていくうちに、曲調が全部バラバラだってことに気づいて。これが3枚目のアルバムではあるんですけど、これまでに自分を全部出し切れたかっていうとまだ出しきれてはいないし、もっと自分の幅を広げたい、もっといろいろなことをやりたいというところから、今回は曲調を限定せずライブに行ったくらいの満足度のある1枚にしたいなと思うようになっていきました。そこからタイトルを決めるときに、あらためてテーマみたいなものを考えてみたんですけど、わたし自分がどう見られているのかがすごく気になるタイプなんですよ。それで、きっと恋の曲とかピュアな曲とか歌う人、みたいに思われているんだろうなというところから(笑)、あまり色づいてないという意味で白を入れて、その色に、色というか自分自身ですよね、そこにもっとカラフルな色を乗せられたらいいなと思い、『白と色イロ』っていうタイトルにしたんです。
■どう見られているかっていうのは昔からですか?
井上 はい。エゴサーチします!
■それで落ち込む、みたいな?
井上 すごく落ち込む時もあります。(笑) でもそういう意見ってすごく大事で。わたしのことを知らないから言っているのであって、ということは自分がそこまで届かないことをやっているからってことじゃないですか。だったら自分でもっといろいろなことをやっていかなくちゃ、自分をもっと出していかなくちゃいけないなと思って。そういう想いもあって、今回のアルバムはバラードから大騒ぎできる曲まで、とにかくいろんな曲をつめ込みました。20歳を過ぎてから考え方が変わってきたことも大きいんですけど。自分がどう思われたいかを考えたときに、例えばCDを聴いても会いに行くまでにはならないなって、そういう人にも自分らしさみたいなものを伝えたいなと思って。そこから自分がどういう人間なのかとか、自分と向き合うことが増えて、それがあったからこそ作れた1枚でもありますね。
■小学生のときから歌ってきているので、気持ちも考え方も変わってくるでしょうね。
井上 本当に変わりましたね。ガラッと。
■歌い始めたきっかけというのは?
井上 母親がボイストレーナーというのも大きいんですけど、いちばん最初のきっかけは小学5年生のときに学芸会でミュージカルをやることになって、そのとき…すっごく目立ちたくて、主人公に立候補したら選ばれて、そこで初めてステージ上で歌って、「あ、わたし歌うの好きだな」って。そこからボイススクールに通うようになって本格的に始めました。
■自分で曲を作るようになったのは?
井上 小6で事務所に入ったんですけど、先輩で曲を作っている方が多くて、楽器をやっている方も多くて、「うわ、かっこいい、わたしもやりたい!」って。(笑) ピアノを習ったこともあったんですけどあんまり好きじゃなくて、子どもの頃ってやらされている感が強いじゃないですか。だから新しい楽器がやりたくてギターを始めて、ギターを弾いている人って曲を作っているし、路上ライブやっているしって、全部イメージだけで始めたんです。(笑)
■とりあえずはやってみようと?
井上 わたしちゃんと考えたことが一度もないんですよ。路上もとりあえずやってみようってやって、「誰も観てくれない~!」ってむかついて。(笑)
■あはははは、むかつきましたか。
井上 わたし負けず嫌いなんですよ。路上やっても、みんななかなか立ち止まってもらえなくて、でもGWとか休みの日にやると集まってくれるということがわかりまして、もうずる賢くならないと誰も観てくれなかったので、あれはいい人生経験になりました。(笑)
■そこから上京されたのは?
井上 高1です。中2のときにはもう上京を決めていました。ずっと大阪で活動していたんですけど、東京のほうがいいなって、それもなんとなくのイメージで。(笑) まずは東京に行かないと何も始まんないなって。みんなそこで夢を勝ち取るわけだし、わたしも行かなくちゃって。だからもう絶対に上京するって決めていましたね。
■迷いや不安はなかったですか?
井上 まったくなかったです。大阪に残る気は全然なかったですし。もちろん大阪も好きだけど、ライブで帰ってきたいと思っていたし、とにかく東京に行きたかったんです。先のことを考えるとか両立とかほんと苦手だから、勉強のことはそこでほぼあきらめて。(笑) とにかく歌のことしか考えてなかったですね。
■東京での路上ライブは?
井上 やってなかったですね。中3の夏休みに東京での路上ライブを毎日やっていたんですけど、あまりに手応えがなくて。もう新しいことをやっていかないとと思ったんです。「東京の人は路上ライブを観慣れているから通り過ぎちゃうんだな~」って。(笑) それで、そのときは動画配信が流行っていて、わたしはしゃべるのも好きだから、動画配信でしゃべろうと思って始めたら、路上をライブ観ていた方が「歌ったほうがいいんじゃない?」ってコメントをくれて。それから動画配信を始めたんです。
■時代の流れのこともちゃんと考えていらっしゃるし、負けず嫌いやとりあえずやってみるという性格がすごくいい具合に生かされていますね。
井上 ほんと怖いもの知らずでした。(笑) いまでもそうですけど。
■自分と向き合うようになったとおっしゃっていましたが、何かきっかけになる出来事とかあったんですか?
井上 友だちとケンカをしてしまって。ケンカというか悲しませてしまったんです、わたしの一言でいちばん仲のいい友だちを。それが昨年末だったんですけど、お正月におみくじを引いたら「言葉のチョイスに注意を」って書いてあって。(笑) それがきっかけでいろいろと考えるようになって。いままでは友だちと会っても恋愛の話とか、しょうもない話しかしていなかったんですけど、そのケンカのこともあって、友だちの意見をちゃんと聞くようにしたり、「その人がどんなことを考えていままで生きてきたんだろう?」とか、「人生とは何?」とか、「好きって何?」とか、そういう気持ちというか心というか、そういう話が急に気になり始めて、ここ数ヵ月はそういう話ばっかりしかしてないです。
■もっと深い部分で話せるようになってきた、と?
井上 深くなりましたね。いままでは友だちと会っても話すことってただの息抜きだったんですけど、最近は学びを得られるようになってきて。しかもそれってすごく大事だなって思って。
■そういうのが歌詞に表れたりもしているんじゃないですか?
井上 もうめっちゃ影響しています。価値観が変わったし、単純に考えていたことが、意外と単純じゃなかったんだなということにも気づいてしまったし。(笑) けっこう人の意見に流されやすいというか、何か言われるとすぐに自分の意見が間違っているんじゃないかと思っちゃうタイプだったんですけど、いまはちゃんと自分の目線できちんと見られるようになってきたというか。だから、今回の歌詞はけっこう変わったと思いますね。いままでは物語があって、主人公がいて、それを俯瞰している立場で書くのが好きだったんですけど、そろそろ自分が思ったことをちゃんと書きたいなというか、主観で書きたいなと思ってきたところなので、このアルバムではそういう曲が書けたかなと思います。
■より等身大で、より自分らしさが出ているなと思いました。
井上 自分らしさがいちばん強いんだろうなって、やっと思えるようになってきたんですよね。ついつい人と比べたり、人と同じ土俵に上がってしまうことが多いんですけど、それぞれに持っている武器はみんな違うから、それを大事にしていけばいいのかなって。それが自分らしさなのかなって。
■応援する曲が多いですけど、ただ「がんばれ」っていうんじゃなくて、「そのままでいいんじゃん」、「自分らしくでいいじゃん」みたいな、そういうニュアンスがすごく含まれているような気がしました。
井上 自分がしんどいときに「がんばれ!」って言われるより、「いいよ、大丈夫だよ」って言われるほうが安心する性格なんですよね。だから今回は寄り添えるような、やさしい歌詞にしたいなと思って。そういう中で、人の背中を押すということは、やっぱり言葉を選ばなくてはいけないし、ちゃんと選びたいし、大事な人ががんばっているときに何も考えずにしゃべりたくはないんですよね。いまちょうど自分が就活の年代だから、周りの友だちに就活生が多いんですけど、もうみんなほんとにがんばっていて。その友だちに、わたしは就活をしてない身でありながら、えらそうに「まじ、おつかれ!」とか言えないじゃないですか。(笑)
■言えないですね。(笑)
井上 きっと悩んでいる人っていっぱいいると思うから、言葉をちゃんと選んでしゃべりたいなと思うんです。大事な人だからこそ、そういうときに「大丈夫だよ」ってやさしい言葉をかけたいなって。ホッとする曲にしたいなっていう気持ちが強かったですね。その中で「明日もがんばろう」と思えるような、自然とそういうメッセージが入っていくような言葉を書きたいなって。それもあって、応援ソングというか、新しい生活を始める人へ向けての曲が多くなりましたね。
■この季節にはちょうど合っていますね。
井上 はい。中でも“何でもない”という曲は、日常の憂鬱さに寄り添った曲になったかなって。
■たしかに、そうですね。
井上 「がんばれ!」って言われ続けるとしんどいから、「しんどいよね…」って一緒に言ってくれる人ってすごく大事だなって。例えば、しあわせな人と全然恋がうまくいかない人とが一緒にいたら、温度差を感じるときってめっちゃあると思うんですけど、うまくいっている人に「こうしたほうがいいんじゃない?」って言われても、「あなたはもうしあわせだからそう言えるよね…」って思うんですよ、すごく卑屈なんですけど。(笑)
■あはははは、いますいます、きっといます!
井上 絶対いますよね!でも、「一緒にうまくいかないよね~」って言えたら、うまくいってなくても、それはそれでハッピーな気分になるじゃないですか。今回のアルバムで生活をたどっていっているというイメージもあったので、こういう日常の曲も入れたくて。毎日「がんばれ、がんばれ」って言われてがんばって、でも1週間のうちの1日でいいから「まじ、つらいよね」って一緒に言ってくれる人がいたら、それはきっとすごい救いになると思ったので。このアルバムにこういう曲が書けてよかったなって思いますね。今作はそういう日常と、いまのわたしがつまった12曲になっています。
■小学生から歌い始めて、いま20代、これから30代、40代と、歌い続けていかれると思いますが、今後どういう歌い手になっていきたいですか?
井上 30代になっても、40代になっても、10代の子たちを置いていかず、かつ同じ年代の方にも刺さるような曲を書いていきたいと思うので、まずはそういう人間にならないとなって。まずは人としてそういうところにいけば、また違う曲が書けるようになると思うので、考え方もいろいろ変わっていくけど、それもまた自分の記録として、これからもずっと自分の気持ちを正直に書いていきたいと思います。
Interview & Text:藤坂綾
PROFILE
小学校6年生より作詞作曲と路上ライブを始め、高校入学と共に上京。動画配信サービスのツイキャスで人気を集め、視聴者数が200万人を突破しメジャーデビュー。これまでのミュージックビデオの総再生回数は5,000万回を突破し、歌手としてだけでなく、映画・ドラマ・CMなどマルチに活躍する次世代のシンガーソングライター。
www.inoue-sonoko.com
RELEASE
『白と色イロ』
初回限定盤(CD+DVD)
UPCH-29326
¥4,212(tax in)
通常盤(CD)
UPCH-20512
¥3,240(tax in)
EMI Records
5月29日ON SALE