けいちゃん『Keichan Hall Tour 2024-2025「WiLL」』ライブレポート@日本橋三井ホール

全国TOUR完奏!FINAL公演で新譜収録全曲を生演奏披露!

青みがかった薄霧の冷たさが目にしみる広い舞台の上に、フルコンサートグランドピアノがたったひとつ。2月1日(土)夜、東京・日本橋三井ホールで行われたけいちゃんのツアー『Keichan Hall Tour 2024-2025「WiLL」』最終公演に訪れた人がまず目にしたものは、その簡素なステージセットだった。今回のツアーでは、2024年10月から福岡、愛知、北海道、大阪の各会場を巡っていたけいちゃん。ファイナルとなる東京公演の直前にはミニアルバム『Echoes』もリリースされ、ファンの期待を高めていた。開演時間となり、静寂と暗闇の中に拍手で迎えられたけいちゃんは無言のまま一礼して、ピアノの前に座る。ざらついたノイズが耳を撫でる中、粛々と奏でられるのは“戦場のメリークリスマス”だ。どこか冷淡に俯瞰された音色は出口の見えない混沌の内にある世界を皮肉するようにも響きながら、やがて荘厳なオーケストラに飲み込まれ、次第に即興性を帯びつつも澄み渡る。前曲の余韻を残したまま、黄昏た空気の中にMISIAの“Everything”が続く。オケもなく、ただ指先から解き放たれてホールの残響の中で歌うピアノ。それは歌詞も無いままにけいちゃん自身の表現をも超え、聴いているたくさんの人々の想いや願いを抱いて、柔らかに、しかし決然と鳴り渡った。「みなさん、けいちゃんのコンサートへようこそ!突然ですが『カノン』チャレンジ、始めるよ~!」オーディエンスが無言の愛の歌に胸を打たれていれば、唐突にスピーカーから流れてくるのは、やけに不穏なSEと、場違いなまでに明るい声だ。オープニングの2曲との温度差に振り回されながら、ピアノは誰もが知るパッヘルベルの名曲“カノン”を奏で始める。まずは普通に、原曲に近い旋律で。次はジャズのビートに乗せて。「オーケストラの準備ができたみたい!」との声が聞こえれば、管絃の伴奏のもと、ベートーヴェンの“運命”との時代を超えたマッシュアップが実現。ドラマチックなピアノ協奏曲を経て、サウンドはテクノ調に流れ、最後は機械音声のヴォーカルと共に。ただアレンジが変わるだけではなく、そのジャンルに適したタッチの変化もけいちゃんらしい。「こんにちは~!けいちゃんピアノコンサートツアー、最終公演の2部でございます。イェイ!」3曲を終えて観客へ挨拶するけいちゃんは、昼に行われた第1部を経て程よく熱が上がっている様子。先に披露した楽曲のアレンジはこの日のために考えて来たものだといい、観客の反応には満足そうだ。

ここからはけいちゃんが「ルーパーくん」と呼ぶエフェクターを使ってプレイする。ルーパーはその場で録音されたメロディを繰り返し奏でる装置。これを使ったチャーリー・パーカーの“Billie’s Bounce”は掴みどころの無く不安定なメロディからホンキートンクなステップへ変わり、ベース音のループが始まれば反復の快楽に指先を酔わせて、観客の手拍子を煽る。続く“√Future”では糸に手足を吊られているが如くぎこちなく低音を響かせたけいちゃん。次第に身体は柔らかさを取り戻し、青く染まった世界で激情を奏でて行く。淡く微睡むメロディから、身を突き刺す鋭い連打。ざらついたルーパーの音色と重なり合えば、ピアノの音色は硬質な手触りを得て耳の中で砕けた。「面白いでしょこの機械。ひとりでセッションできちゃうんです」出番を終えた「ルーパーくん」を称えるけいちゃんに、観客は拍手を送る。ルーパーは珍しい機械でもないのだが、クラシックのコンサートではまず見ないものだ。そのためけいちゃんを通して初めて存在を知るリスナーもいることだろう。特にMCで話す内容を用意していなかったけいちゃんは、ここから3曲弾くことを予告して、またピアノの前に座った。丸いサーチライトが抽象化された夜景のように会場を照らす中、ゆったりと奏でられるのはサティの“ジムノペティ”。柔らかながらに硬質で、淡々として、心が遠く離れたその演奏解釈は、まさにサティが提唱した「家具の音楽=無意識の中に溶け込む音楽」を体現している。打って変わって虹色のライトが輝けば、けいちゃんは道化師の踊りめいた“動き出すラボラトリー”をドロップ。けいちゃんは観客の顔を眺めて手拍子を楽しみ、手首を使った「重さ」の変化で音のねばつきや質感の変化を聴かせる。“ラ・カンパネラ”や“英雄ポロネーズ”といったクラシックの名曲たちが瞬間的に差し込まれるのも寸劇的だ。そうして踊り回った指先は、淡いスタッカートで弾けて消えた。続く“From Impulse”では、ビートやオケに照明の力を纏わせて、ピアノを歯車のひとつとして振る舞わせる。光と音が作る眩暈の中で、息を呑む観客たち。メロディにはどこか危うさもありつつ、ピアノは大きな機械の心臓として力強く躍動する。激しい打音が掻き消えたとき、拍手と歓声が会場を包んだ。

「ありがとうございます。私はもう酔拳状態、お酒は一滴も飲んでないけど、会場の熱気で酔拳のごとくいろんなことに対応できるようになってます」けいちゃんがMC用のマイクを取ると、一気に空気がゆるむコンサート。語るところによると、音の隙間が多くミスタッチが目立つ“ジムノペディ”では「ちょっと小指が違う鍵盤に触れてしまった」そうだが、それをサティが提言した「家具の音楽=自然の流れの中にただ存在する音楽」にたとえて、「公演中のミスタッチも、ミスタッチではなく“自然の音楽”である、ということを覚えておいてください」と笑いに変えた。ここからはリリースされたばかりのミニアルバム『Echoes』より、収録曲を披露するコーナーへ。今作は「ピアノの可能性を見詰め直して作った曲によるアルバム」とのことで、ファンからも喜びの声が上がる。「このおピアノちゃんはですね、いろんなことができるんですよ。動物の王様がライオンならば、楽器の王様はピアノと言われています。つまり食物連鎖のてっぺんにいる楽器でございます」軽い冗談で客席を沸かせ、「それでは参りましょう」とマイクを置くけいちゃん。そうして奏でられた“HELLO…”では弦楽のピチカートの騒めきと金管の淡い囁き、その中にピアノがひと雫の波紋を広げて、夏の虫たちの声に混じって行く。そのまま流れ込む“√Advent”の燃えるようなメロディはスラップベースや乱れ打たれるドラムと手を取り合い未知の余韻を作って、ピアノの表情をも変えていく。コンサートグランドピアノの音を割るけいちゃんの強い打鍵は、快楽的に響板を震わせた。“YAKVTA”はコミカルながら、ミニアルバムの中では保守的な技巧の楽曲。しかしライブでの照明演出によく映えて、軽く足踏みをしながら、頭を振りながらオーディエンスと共に音楽を楽しむけいちゃんのスタイルとよく似合う。“Savage-404-”は音源のイメージと少し変わって、ドラマチックな旋律を歌うピアノの音色はまろやかだ。それがビートに掻き混ぜられて、瞼には暮れ行く海岸の景色が浮かんだ。

今回のコンサートで使われたスタインウェイのピアノが持つ繊細なレスポンスは、けいちゃんの主戦場であるストリートピアノのそれとは全く違う。音量もマイクを通さず100人近いオーケストラに拮抗し、ピアニストはその「鳴りの良さ」に飲み込まれてしまうこともある。それでもけいちゃんの指が鍵盤に触れれば、鳴り響くのは耳慣れたけいちゃんの音だ。激情の時を過ぎ、“Nocturne”では深く澄んだ弱音が静けさに染み込んでいく。長い弦や短い弦、それを叩くハンマーの素材感。芯のある音と抜いた音との対比を刹那的な輝きで表現するそれは、ひとつでも音を違えれば崩れ落ちる薄いガラスの城を建てているようだ。残響が消えるその瞬間まで神経を行き渡らせて、息もできない緊張の中、音の輪郭が光にぼかされ消えていく。「『Echoes』の曲を演奏すると7~8歳くらい歳を取った気がするんですよね~。カロリー消費の激しい曲ばかりだからいいスタイルを維持できるんです」薄氷の上を歩くほどの緊張感が過ぎれば、けいちゃんの口調はのんびりと柔らかい。そのギャップも彼の魅力だが、ライブもそろそろフィナーレだ。定番である「次で最後の曲になります!」「え~?!」のやりとりを会場の上手・中央・下手で3回楽しみ、けいちゃんは満足げに微笑む。「こんな感じで一生ピアノを弾いていくと思うので、一生ついてきてください」小さな指ハートを残し、ラストナンバーには“Fortuna’s Call”が選ばれる。弦楽とバンドサウンド、そしてピアノの打音が深く結びついては離れられないほど溶け合い、勇壮な行進曲へと変化していく、新時代のピアノ協奏曲。それは技巧的で激しいパッセージに流れ込み、ハードロックとクラシックが手を取り合う眩しいばかりの歓喜の中に、最後の和音が叩きつけられた。

アンコールに呼ばれたけいちゃんは、トートバッグを提げてポスターなどのグッズを紹介。ひととおり面白おかしくプロモーションすれば、立ったまま鍵盤に指を滑らせて、“HIRAKE-GOMA”を披露する。脱力したフォルティシモと、張りつめたピアニシモ。無国籍ながらどこかにリスナーがこれまで聴いてきた音楽を連想させるメロディで全ての鍵盤を愛で、けいちゃんは喜びを身体に滾らせる。再び舞台を去った後もアンコールの声は止まず、けいちゃんはまたピアノの前に戻る。客席からは「リクエストやって!」の声も飛ぶが、けいちゃんは「あんだけ贅沢な時間を楽しんだんだからもういいでしょ!」とおどけながら跳ね除けた。そしてツアー最後の曲に選ばれたのは、音楽を謳歌する“World & Me”。総立ちとなった観客がペンライトやタオルを振り回す中、満開の輝きを帯びる音色は、音楽を愛する人々を祝福しながら風の如く吹き渡る。そうしてけいちゃんは拍手と大歓声に包まれて、5か月にわたるツアーの幕を下ろした。

Text:安藤さやか
Photo:森 久

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徳間ジャパンアーティストページ:https://www.tkma.co.jp/jpop_top/keichan.html

けいちゃん『Keichan Hall Tour 2024-2025「WiLL」』@日本橋三井ホール 夜の部 セットリスト
01. 戦場のメリークリスマス/坂本龍一
02. Everything/MISIA
03. カノン/原曲:ヨハン・パッヘルベル
04. Billie’s Bounce/チャーリー・パーカー
05. √Future/けいちゃん
06. ジムノペティ/エリック・サティ
07. 動き出すラボラトリー/けいちゃん
08. From Impulse/けいちゃん
09. HELLO…/けいちゃん
10. √Advent/けいちゃん
11. YAKVTA/けいちゃん
12. Savage-404-/けいちゃん
13. Nocturne/けいちゃん
14. Fortuna’s Call/けいちゃん

ENCORE
01. HIRAKE-GOMA/けいちゃん
02. World & Me/けいちゃん