■ヴォーカル曲としてはもう1曲、“Life Game”がありますね。この独特なサウンドはどうやって作っているんですか?
けいちゃん 声はトークボックスを使っています。サックスはサンプリングで、全体的には打ち込みがメインです。
■トークボックスは機械音声みたいな声を作るエフェクターですよね?この曲は歌詞が聞き取りにくいこともあって、言葉の響きを耳で楽しむタイプかなと思いました。
けいちゃん ですね。般若心経の部分なんて意味を理解しなくていいし。音を楽しんで、後から歌詞を見て、「あ、そういう意味なんだ」って思ってくれればいいかな。この曲はアルバムの登場人物の男性が亡くなり、成仏できずに彷徨っている最中、目の前に現れた和尚さんが「あなたを成仏させてあげますよ」と語りかける……ってストーリーです。ちょっとおっちょこちょいな和尚さんをイメージしていたので、落としたグラスが割れる「パリン」って音とか、「おっと」って声が入ったりしています。
■えっ?!この「おっと」って和尚さんの「おっと」だったんですか?
けいちゃん そう、これ和尚さんの「おっと」なんです。(笑)
■この「おっと」、すごく意外性があって面白かったです。そしてインスト曲が入ってくるわけですが、けいちゃんのインスト曲はメインのメロディがわかりやすくて聴きやすいですよね。
けいちゃん あえてキャッチーに書くようにしています。耳に残りやすく仕向けたいという気持ちがあります。
■確かにキャッチーなメロディの有無で印象は変わってきますよね。3曲目のリフがカッコいいインスト曲“千鬼への合流”は、どういったコンセプトの楽曲ですか?
けいちゃん 「千鬼」は、百鬼夜行の「百鬼」の10倍バージョンですね。死んだ男がそれに遭遇して、初めて「自分は死んだんだ」と気づく……って曲です。リフはね、頑張りましたよ。(笑)
■その次は“MAIHIME”ですね。舞曲風ではありますが、タイトルはどちらから?
けいちゃん 森鴎外の『舞姫』から取っています。森鴎外の『舞姫』は、男女の別れみたいなものを描いた作品なんですが、映像のイメージとしては白黒(モノクロ)で、ちょっとノイズがかかっているような、そういうものを意識して作りました。ストーリーの中ではレクイエムの立ち位置で、僕が登場人物の男性に宛てたレクイエムみたいなイメージがあります。
■そう聞くと、9曲目の“recollection”とは対照的なのかな?と思ってしまいますね。
けいちゃん “recollection”は、女性が亡くなった男性との思い出を振り返っているイメージです。
■この曲はとにかくストリングスが綺麗でした。
けいちゃん めっちゃ上手かったですよね。盛り上がるところはみんな運指に苦労していました。
■個人的には“recollection”で聴けるような、柔らかくパチパチ弾けるようなピアノの音色も好きなのですが、リスナーに好まれるのはやっぱりストリートピアノで聴けるような、鋭くて重いタッチなのでしょうか?
けいちゃん 鋭くて重いタッチは、僕のアイデンティティのひとつになっています。でも、どちらかというと弱い音の方が難しいんですよね。「ピアノは凝縮されたフォルテ」です。(笑) でもストリートピアノは弱い音を出そうとすると音が鳴らないことも結構あります。そういうこともあって、鋭いタッチで弾く機会が多かったので、それを見ていた方たちが「けいちゃんは鋭いタッチが得意」とイメージするようになっていったのかもしれません。
■そういえば、アルバム中にはあまり速弾きのフレーズがありませんよね?リスナーには速いフレーズが好まれがちだと思いますが……。
けいちゃん 「速い」ってね、カッコいいんですよね。(笑) 足が速くてもカッコいいし、指が速くてもカッコいいし。今回のアルバムでは、早いフレーズは“Dance of Lake”くらいですね。
■その“Dance of Lake”ですが、チャイコフスキーからの旋律引用がありますよね。“白鳥の湖”、“くるみ割り人形”と続くと、つい三大バレエの残りの1作“眠れる森の美女”からの引用も探してしまいます。
けいちゃん “眠れる森の美女”は入っていないんです。(笑) “白鳥の湖”はバレエの題材が男女の物語だったりして、そういう所から選んだ所もあります。あと、白鳥って一見優雅に見えるけど、水面下では割りと足をバタバタしているじゃないですか。そういう所もアグレッシブなピアノで表現しています。ストーリーの中では、曲の登場人物の男が成仏してやっと解放されて……という曲ですね。
■“白鳥の湖”を引用された理由はわかりました。それでは“くるみ割り人形”からの“金平糖の精の踊り”にはどんな意味があるのでしょうか?
けいちゃん その曲については、単にカッコいいからです。(笑)
■なるほど。それって大事ですよね。(笑) そして最後の曲は“Exit→”ですが、これまでの曲と比べて、すごく不穏で、現代音楽っぽくて。難解に感じる方もいらっしゃるとは思いますが……。
けいちゃん あえてこのポジションに玄人好みの曲をぶち込みました。一見ちょっと不気味な感じに聴こえるんですけど、実は曲中にいろんなメッセージが込められてます。この曲には映像がはっきり浮かんでいまして、まずドアが自分の目の前にあるんです。そのドアを開けると、天井も地面も壁もない広い空間があって。下を覗くと音が聞こえ、そこに飛び込めば次の自分の肉体を手に入れられる。だから曲中には“馬の耳ドロップ feat. majiko”と“MAIHIME”の音が鳴ってるんです。過去を振り返っている所なので、過去に流れてきた曲が鳴ってたり。最後に入る赤ちゃんの泣き声は「生まれ変わって行った」という表現です。
■音楽で映像や絵画を描いているみたいなイメージですね。
けいちゃん アルバム全体を通して聴いた方が意図が伝わりやすいと思います。1枚だけで見ると「これ、何の絵?」みたいになるけど、美術館で順番通りに眺めていくと意図がわかる絵、みたいな感じです。
■ここまでアルバム収録曲について伺ってきましたが、少し話題を変えまして、ファンの方から「私もストリートピアノやりたいんですけど、どうすればいいですか?」と聞かれることはありますか?
けいちゃん よくあります。「やりゃあ良い」って言います。(笑)
■とりあえずやってみよう!ってことですね。(笑)私もストリートピアノに興味があるのですが、何か勉強したほうが良いものはありますか?たとえば「コードを読めた方がいい」とか、「耳コピはできた方がいい」とか。
けいちゃん まあ(コードを読めることや耳コピできることは)そうですね。でも別に何のジャンルの曲を弾いてもいいので、耳コピやコードがわからなくたって、自分が弾きたい曲を弾けばいいんです。僕は何も必要じゃないと思っています。誰でも弾いていいし、ピアノ弾けない人が弾いてもいい。なので、必要なものは無いと思います。
■あとは「弾きたい気持ち」があれば、ってことですよね。上手い人にそう言われると自信つきます。(笑)ところで、けいちゃんさんは「フリースタイルピアニスト」を自称されていますが、音楽界にはピアノの上に寝転がったり、指ではないものでピアノを弾いたり、様々なピアニストがいらっしゃいますよね。その中でけいちゃんさんの「フリースタイル」にはどういった意図が込められているのでしょうか。
けいちゃん 寝転がって弾くのもアリだと思ってます。(笑)「フリースタイル」には「自由」という意味があるんですけど、その「自由」っていうのは、まずジャンルですよね。クラシックやジャズやポップスといったジャンルに囚われずなんでも弾くし、「手は卵の形にして、姿勢を正して、脱力して、手首を下げないで」みたいな奏法も一度取っ払って、本当に好きなように、自分のやりたいようにやる……という自由でもありますし。聴衆に対する「巻き込み方」「パフォーマンスの仕方」についても自分のやりたいようにやる、みたいな、いろんな意味が込められています。
■それでは、自分といちばん対極の位置にあるものはなんだとおもいますか?
けいちゃん う〜ん……AIだと思います。
■AI。なぜ?
けいちゃん 予測で生きてるじゃないですか、彼ら(AI)は。僕は瞬間で生きてる。……ちょっと今の回答かっこいいな。(笑)
■ですね、すぐにその返しが出てくるのはさすがすぎます。2024年2月には東京・大阪でのライブがありますが、どんな公演になりそうですか?
けいちゃん 『円人』という小説を映画化したようなライブになると予測されています。演出は一から僕が手がけていて、「見る音楽」といった感じで楽しんでいただければと思います。
■最後に「今後の活動で挑戦したいことを教えてください。「バンジージャンプ」とかでもOKです。
けいちゃん バンジージャンプはちょっとやってみたいです。(笑) やれば考え方が変わりそう。あとスカイダイビングとかも。音楽では楽曲提供や劇伴をやってみたいです。『進撃の巨人』の劇伴がめっちゃ好きで……。ああいうのがやりたいです。
Interview & Text:安藤さやか
PROFILE
1996年生まれ。2019年よりYouTubeにて活動を始め、フリースタイルピアニストとして高い人気を得る。2020年12月にさいたまスーパーアリーナにてワンマンライブを行ない、2021年6月にアルバム『殻落箱』でCDデビュー。2022年12月には全曲インストゥルメンタル楽曲による2ndアルバム『聴十戯画』をリリース。2023年9月に配信リリースのシングル『馬の耳ドロップ feat. majiko』。10月1日(日)には品川Club eXにて、けいちゃんピアノリサイタル『Rubato Circus~play grandioso~』を開催した。YouTubeのチャンネル登録者数は100万人を超え、総再生回数は3億2千万回を超える。TBS系朝の情報番組 「THE TIME」にレギュラー出演他、映画主題歌を手がけるなど、ピアノを軸とした音楽総合表現者として、トラックメーカーとしても活躍。12月には3枚目となるアルバム『円人』をリリース。また、2024年2月には「Live Tour 2024『円人』」を豊洲PIT(東京)、なんばHatch(大阪)で開催する事も決定している。https://keichanpiano.com/
RELEASE
『円人』

初回生産限定盤(CD+DVD)
※三方背ケース仕様
TKCA-75201
¥5,500(tax in)

通常盤(CD)
TKCA-75202
¥3,000(tax in)
徳間ジャパンコミュニケーションズ
12月6日 ON SALE