いつなくなるかわからないから、当たり前を大切にしたい。
マルシィのメジャー1stアルバム『Memory』の出来が素晴らしい。福岡発の彼らはSNSの口コミで話題を呼び、Z世代を中心に多くのリスナーの心を鷲掴みにしている期待のニューフェイスである。MVなどで発表してきた既発曲に、新曲4曲を加えた全10曲入り作だが、これ一枚にマルシィというバンドの魅力が凝縮されていると言っても過言ではない。吉田右京、shuji、フジイタクミのメンバー3人にじっくりと話を聞いた。
■まずマルシィのMVには必ず女性が出てきますが、これにはどんな狙いがあるんですか?
吉田 僕が書いてる曲はラブソングが多いので、楽曲で描いているヒロインをしっかり映像でも魅せたくて。今回の1stアルバムを出すまでは、こういうMVで突き通そうと決めていたんです。最初の頃は知り合いにお願いすることもあったけど、その後は作品に合う人を探してその方にお願いしています。
■曲の世界観に合う女性を選んで?
吉田 はい、毎回それは考えますね。例えば“白雪”だと、あまり絵が変わらない内容なので、雰囲気がある人がいいなと。朱里(あかり)さんは絵力があったし、この曲はオチサビで歌詞にギミックを入れていて……独特な切なさがあり、その中に美しさもあるから、そういう人がいいなと。
■なるほど。そしてメジャー1stアルバムが完成しましたね。今の率直な心境はいかがですか?
フジイ ここまで自分たちの楽曲を信じてやってきたので「よくやったな!」みたいな気持ちはあります。
吉田 “Drama”、“雫”、“プラネタリウム”、“絵空”は結成して半年くらいでできた曲なんです。当時から根拠のない自信みたいなものはありました。ユニバーサルとの出会いがあり、僕らのことをいいと言ってくれたスタッフさんがいたので……縁に恵まれているなと。ここからこのチームでより多くの人に聴いてもらえるように努力したいなと。
shuji この2年間にいろんな変化があり、一つ一つやれる事をやってきたので、気づいたらメジャーって気持ちです。
吉田 楽曲のクオリティにはこだわって、いかに自分が描く像に近づけるか。そこに時間を割いてきました。
■今作は自分たちではどんな作品に仕上がったと思っていますか?
吉田 大作になったなと。これから先も曲は作っていくけど、その時に立ち返ることができる作品です。バンドを始めた頃のすべてが詰まっているし、アルバムを作れたことが何よりも嬉しくて。自分にとって宝物みたいな一枚です。
フジイ そもそもマルシィの曲は大好きだから。いいアルバムができたと思っています。バンド愛というか……自分がベース弾いてるし。
■メンバーですからね。(笑)
フジイ いや、それすらも誇らしく思えるぐらい、愛着のあるアルバムなんですよ。僕にとっては宝物ですね。
Shuji 感情の起伏も明確に出ているし、バランスの良いアルバムだなと。聴いていて飽きない作品ですね。
■今作を聴かせてもらい、マルシィというバンドのオリジナリティがしっかり出ているし、内容もバラエティに富んでいてとても聴き応えがありました。個人的にはback numberのインディーズ時代の1stミニアルバム『逃した魚』を初めて聴いた感触と似ていて。恋愛をテーマに歌を主軸にしたサウンドという部分でも共通項は多いのかなと。
吉田 back numberはみんなに愛されているバンドなので、そういう風に言ってもらえると嬉しいです。今はロック好きな人が多く、聴いてくれていると思うけど、その層を飛び出して、お茶の間にも届く曲を作りたいです。
■マルシィの楽曲は失恋をテーマにしたものが多くて、恋の終わりを切り取った描写や、“ピリオド”という曲名もあったり、物事の終わりに意識が向かうのはなぜですか?
吉田 自分の実体験から作ることも多いので、そこは体験が反映されているのかもしれないですね。恋の始まりは浮かれていてフワフワしているというか。それはそれで幸せだと思うけど、悲しさ、悔しさの方が引きずるし、胸に来るんじゃないかと。好きな感情があるからこそ、心配や不安な気持ちも出てきますから。
■今作の中で“プラネタリウム”の「手と手繋いでキスをした こんなことしていいのかな」の歌詞にはやられました。まるで漫画の一コマを切り取ったような甘酸っぱい描写だなと。
吉田 この楽曲は今思うと恥ずかしいなと思うんですけど、当時30分ぐらいで歌詞もメロディもできたんです。勢いで作ったところはあります。
■初期衝動が出ちゃったと?
吉田 そうですね。(笑) その時は俯瞰して歌詞を書くこともなかったので。そう言われると、ちょっと恥ずかしいなと思っちゃいます。ただ、恥ずかしさとかは気にする必要はないと思っているので、自分が思い描いた歌詞を作れたらいいのかなと。
■作品の内容としては、1曲目“ラブストーリー”から惹きつけられました。いきなり切ないバラードで幕を開けます。普通なら作品の後半に登場してもいいような曲調ですけど、ド頭に持ってくることでマルシィというバンドの個性を明確に打ち出していると。
吉田 このアルバムを通してひとつの物語を作りたくて。その中で“ラブストーリー”は顔になる曲だと思っていて、自分の中では2曲目(「プラネタリウム」)からストーリーが始まっているんです。1曲目に伝えたいメッセージを持って来て、終わりを描いた上で始まりを作りたかったんです。
■“ラブストーリー”で言いたかったことは?
吉田 歌詞の中に散りばめられているんですけど、当たり前なことなんて何もないなと。Bメロで「当たり前はかけがえのないものだった」と歌っているんですけど、このメンバーとユニバーサルのチームで音楽を作って、その過程にも当たり前のことは一つもないし、自分の生活においても何かを失くした経験はありますからね。いつなくなるかわからないから、当たり前を大切にしたいなと。最後の1行も自分が伝えたいメッセージで、「あなた以上なんていないのに」という歌詞も終わってからじゃないと、気づけないこともたくさんあるから。ないがしろにしていい日常はないと思っているんです。周りにいる人を大切にしたいし、『Memory』を通して、一番強いメッセージはそこになるのかなと。
■現在のコロナ禍において多くの人が共感できる内容です。あと“ラブストーリー”はストリングスを導入していて、メロディも本当に素晴らしくて。今までになく大人っぽい仕上がりですね。
フジイ この曲のアレンジは島田さんに手伝ってもらいました。歌詞とメロディは右京が詰めに詰めまくったみたいで。
吉田 メロディは自分の中でも気に入っていて、今そういう風に言ってもらえて嬉しかったです。これが聴く人に刺さらなかったら、今後は曲を作りたくないなと思うくらい……冗談ですけどね。(笑)
■それぐらい自信のあるメロディだと。shujiさんは?
shuji 楽器隊の編成も多いので、レコーディング現場でも頑張りました。どのパートでどういう風に感情を込めて弾けばいいのか、それは工夫しましたね。
吉田 曲によっては楽器がガシガシ弾いているものもありますけど、この曲はピアノとストリングスをサウンドのメインに置こうと考えていたから。その反面、“牙”ではギターとベースが「俺たちが顔になるぞ!」ぐらいの勢いで前に出てますからね。ミックスの時も最初はベースがでかかったんですよ。「ちょっとベース下げてもいいかも」とエンジニアさんが言ったら、「これぐらいは欲しいよ!」とタクミが言ったんですよ。
フジイ はははは、食い気味で言った気がする。
■“牙”ではベースもブンブン鳴っていますからね。
フジイ そうですね。出して欲しいと思ったから。
■“牙”は仰る通り、バンドサウンドが「ガツン!」と前に出ていて、ギターも暴れ回っていますよね?
shuji そうですね。“牙”はギターが主になっていて、結構音も歪ませたから。イントロの音作りもいままでマルシィでやってこなかったことなんですよ。一皮剥けた感じはあります。
■楽曲が持つ焦燥感をギターで炙り出しているなと。
shuji そうですね。右京が作り出す歌詞の世界観を汲み取って、サウンドでどう表現するかは考えました。