愛するゲストと共に迎えた『KICKS』ツアーラストの「人生でいちばん幸せな日」。
天井のライトが消えて機材のランプだけが星のように光る中、楽器たちのざわめきが途絶えた、その瞬間に響く歌声。それは雨模様の日曜日、新宿の夜を彩るNakamuraEmiのライブが幕を開けた瞬間だった。NakamuraEmiが2024年10月27日(日)、東京・Zepp ShinjukuにてNakamuraEmi『KICKS Release Tour 2024』ファイナル公演を行った。2024年5月にメジャー7枚目となるアルバム『KICKS』をリリースしたNakamuraEmi。これに伴う今回のツアーは6月よりスタートし、全国各地で27公演が行われた。10月からの東名阪公演はBand ver.と銘打って、ギターにカワムラヒロシ、ベースにまきやまはる菜、ドラムに柏倉隆史、キーボードに伊澤一葉を迎えて開催。ツアーのフィナーレを飾る東京・Zepp Shinjuku公演にはゲストの登場も予告されていた。この夜を特別なものにパッケージングする“BEST”から幕を開けたライブは“Don’t”、“大人の言うことを聞け”と続く。熱い色のランプが灯り、鮮やかな色のクロスや秋を詰め込んだ花瓶、たくさんのスニーカーが飾られた舞台。NakamuraEmiは音の波に踊りながら歓声を浴びる。
「改めまして、Zepp Shinjukuにお集まりのみなさん!NakamuraEmiです!」冒頭の3曲を終えて挨拶したNakamuraEmiは、全27公演にものぼった今回のツアーを振り返る。照明が落ちて歌いだすかと思いきや、「ちょっと待って、メンバー紹介していい?」と仕切り直すのも彼女らしい。4曲目の“晴るく”は、かつて通っていた神奈川県厚木市の高校が閉校したことを受け、あの頃の自分と今の自分を比べて作られた淡い春の歌。桜色の輝きがメリーゴーラウンドのように舞い踊るフロアで、吹き鳴らされるフルートの音色は青春の気配を帯びる。楽器を置いて少し照れ臭そうに笑い、次の“一目惚れ”では単調な大人の毎日に潜むちょっとした彩りや期待を歌う。MCではツアーファイナルということもあり、思い出話がこぼれる。九州公演の際には3曲目でNakamuraEmiの声が出なくなり、「3~5分くらい場を繋いで!」とカワムラに頼んで舞台袖に下がったこともあった。しかしカワムラはギターの腕前を披露することもなく、気付けばトークで会場を盛り上げていたという。カワムラ曰く「前日にサーフィンをして気分が昂っていて、つい話してしまった」そうだが、その様子を見たNakamuraEmiは思わず笑ってしまったそうだ。
ニューアルバムでは何組ものアーティストとコラボしたNakamuraEmi。次の曲ではXinUとMASSAN×BASHIRYを呼び込み、「XinUの透き通るような雰囲気に対してあなたたち(MASSAN×BASHIRY)の濃さ!」とイジってMASSANとBASHIRYから「なんてことをいうんだ!(笑)」と反論される。彼らとのコラボ曲“Hello Hello (feat.XinU)-NakamuraEmi&MASSAN×BASHIRY”は、様々な境遇の人がライブハウスで出会う様を海の魚たちが潮目で交わる様にたとえた楽曲で、XinUの透明な歌声と、MASSANの強く優しい声音、BASHIRYとカワムラの競い合うギターソロが折り重なり、新しい質感を編み上げる。ゲストを多数迎えたこの日のことを「42年生きてきて一番豪華です!」なんて笑うNakamuraEmiは、次にさらさをステージへと呼ぶ。さらさとは深夜のラジオで“ネイルの島”を聴いたNakamuraEmiが「ナンパしに行った」ことで生まれた縁。地元が近い二人はプライベートでも共に過ごすほど仲が良いそうで、そんな二人が歌う“雪模様 (feat. さらさ&伊澤一葉)”では、NakamuraEmiの甘く伸びやかな声と、さらさの情熱を秘めた吐息混じりの声が、舞台に散った白い光の粒の中で雪のごとく舞う。
ゲストを見送り、ギターの音色が弾ける中で“白昼夢”が歌いだされれば、ステージにはライトが幾重にも重なった輪を描き、人と人との縁を感じさせる。続く“Rebirth”は、「小・中学生の頃はとんでもなく性格が悪くて学校中から嫌われていた」というNakamuraEmiが、成長の過程で自分を改めたところ、何の意見もない大人になってしまっていたことに気付き、そんな自分を変えたいと思って書いた楽曲。肉感的な歌声とソリッドなサウンドをフルートの音色が切り裂き、彼女が手にする銀の輝きはオーディエンスを導く旗のようにも見える。ここからライブは終盤へ。NakamuraEmiは“究極の休日”、“梅田の夜”、“火をつけろ”、“かかってこいよ”とアップテンポなナンバーで日曜の夜を揺らし、オーディエンスの日々のわだかまりを歓声へと変える。その激しさから一転、官能的な旋律を泳ぐ“祭”では、揺れるうちわの中にMummy-Dが登場。身体の底から湧き上がるリズムでステージに新たな色彩を添える。
「RHYMESTERを聴いたことで人生が変わったから、こんな日が来るなんて……」Mummy-Dとの共演の喜びで話の持って行き方が疎かになるNakamuraEmiに、Mummy-Dは「ちゃんと進行して!」とツッコミを入れる。ニューアルバム収録曲“祭 (feat.Mummy-D)”で実現したMummy-Dとのコラボだが、正式発表に至る前、キーボードの伊澤が提案した飲み会の場で、両者は顔を合わせていた。その際、NakamuraEmiとカワムラは「飲み会の場でコラボの話を持ち掛けるのはどうなのか」と思い、口を噤んでいたが、一方のMummy-Dは事務所を通してすでにオファーを受けており、「二人ともベロベロになっていたのに一言もコラボの話しなかったよね」と回想する。これにはNakamuraEmiとカワムラも照れ笑いだ。そしてNakamuraEmiはこの日の全ゲストをステージに呼び込み、「お祭り騒ぎは行けるか~?!」の合図とともに“YAMABIKO”をドロップ。順にマイクを回していく中、Mummy-DはNakamuraEmiがHIP-HOPを知った当時に聴いていた“ONCE AGAIN”から引用してラップスキルを見せつける。
ゲストを送り出し、再びひとりになったNakamuraEmiは、小学生の頃に通っていたそろばん教室の思い出を語る。教室へ通っていたのはごく短期間となったが、当時のそろばんの先生はNakamuraEmiのことを覚えており、メジャーデビューイベントに顔を出し、祝いを贈ってくれたという。その思い出を書き留めた“一円なり”を含めて、彼女の楽曲は彼女の人生を積み重ねたもの。歌うごとに会場へ積み重なった「言葉」たちがNakamuraEmiの輪郭を作り出し、アーティストとしての形を確かなものにしていく。次第に静かになる楽曲の終わりには、そろばんを弾く音がフロアに響いた。「何歳になっても、好きなことやらせてもらっても、凹んだり、悩んだりすることばかりですが、皆さんにとっても『ライブに行く』って特別なことだと思うので、みなさんがNakamuraEmiのライブを聴きたい時、近くの町で歌っていられるように、心も身体も整えていきたいです」「少しでもみんなの話し相手になれるような曲が書けるように、経験を重ねたいと思います。今日が私にとって人生でいちばん幸せな日です。ありがとうございました」そう言って本編ラストの楽曲として歌いだされるコロナ禍の中で書かれた“投げキッス”は、笑顔の観客たちの頭上へ降り注ぐ。祈りめいて力強く声を振り絞るNakamuraEmiの歌は温かい言葉を伴い、口づけにもよく似ていた。
アンコールに呼ばれてカワムラと共に再登場したNakamuraEmiは、まず2025年9月6日に地元である神奈川・厚木市文化会館で初のホール公演を行うことを予告。この会場は彼女にとって、幼少時にピアノの発表会やダンス教室で行ったことがあるほどの「ゆかりの地」だ。来年の夏を楽しみにさせるお知らせを終えて、静まり返った会場の中、NakamuraEmiはマイクもアンプも使わないギターと生の歌声だけで“ファンレター”を歌いだす。迷ったとき、ファンレターに励まされた経験を受けて、その「返事」として書かれた同曲。途中、NakamuraEmiはステージを降り、仕切りを潜り抜け、驚くファンたちの間を歌いながら歩いて行く。「忘れられないのは 新宿の夜のこと」「忘れられないのは 東京の夜のこと」ステージに戻って、2階席にまではっきり聴こえる彼女の歌声。そうして雨がそぼ降る日曜日の夜のひとときは、温かな拍手の中で過ぎて行った。
Text:安藤さやか
Photo:古賀恒雄
NakamuraEmi『KICKS Release Tour 2024』@Zepp Shinjuku セットリスト
01. BEST
02. Don’t
03. 大人の言うことを聞け
04. 晴るく
05. 一目惚れ
06. Hello Hello (feat.XinU)-NakamuraEmi&MASSAN×BASHIRY
07. 雪模様 (feat. さらさ)
08. 白昼夢
09. Rebirth
10. 究極の休日
11. 梅田の夜
12. 火をつけろ
13. かかってこいよ
14. 祭 (feat. Mummy-D)
15. YAMABIKO feat. All Guest
16. 一円なり
17. 投げキッス
ENCORE
01. ファンレター