■そして映画にはご自身も出演されていますが、最初からご出演される予定だったのでしょうか?
南壽 ……ではないですね。初めは断りました。(笑) 監督と主題歌のお話をした時に、帰り際に「南壽さんにぴったりの役があるんですけど……」と言われまして。しかも「おばあちゃんの役です」と言われて。「えっ!おばあちゃんですか?!」となり。(笑) そこから「回想シーンに出てくる若い頃のおばあちゃんの役です」と言われたのですが、10代の役だったので年齢的にも無理だと思ったんですよ、演技もしたことがなかったですし。でも「ピアノを弾く役なので……」と折れる形で、「これも使命なのかな」と思い、引き受けさせていただきました。
■でも、ちょうどいい感じに思えましたよ。
南壽 だったらよかったです。(笑) 回想シーンなので、セリフがなくて、そして原爆投下前のシーンなんです。だから、純粋に若い女の子がピアノを目の前にして、本当に嬉しそうに練習しているような姿なのだろうなと想像しました。自分の昔の姿を思い出したというか、未来を知っている状態ではなく、純粋に楽しんでいる姿を必死に表現しました。
■緊張はしましたか?
南壽 そうですね、緊張したんですけど、監督も穏やかな方ですし、大きいアクションがあるわけではないので、なるべく普通にしようと思いながらやりました。あとは、周りの方に「失礼や迷惑のないように……」という気持ちでした。自分の緊張がかえって足手まといになるということを思いながら演技しましたね。
■とっても上手くできていたように思います。ところで実際に広島の各地に行かれたと思うのですが、行って初めて感じることは何かありましたか?
南壽 演奏の前に矢川さんの講話があって、「このピアノはこういうピアノで……」というご説明があるんです。その後に私も「広島の方に曲を聴いて何か感じてもらえたら」という想いで歌うのですが、広島の方は静かにうなずきながら聴いてくださる方が、他の場所より多い印象です。「このピアノはどんな音色がするんだろう?」という興味もおありなので、自分はあくまでも音色を伝える役割であり、そこに自我は必要なくて。ピアノの音色を届ける役割を持った自分という意味合いで、被爆ピアノを弾いています。
■素敵なお考えだと思います。改めて“時の環”は、どのような想いを込めて制作された楽曲なのでしょうか?
南壽 今も悲惨な戦争が繰り返されていますが、過去の後悔というか、「涙を流した過去の人たちの歩みや願いを、今の人たちは未来に繋げていきましょう」という想いが込められています。歌詞の中にも「またつぎの夏もおなじように来ると思っていたのに」というフレーズがあるのですが、私たちはも、当然のように来年のことを考えるし、5年後、10年後に希望を持って生きているんだけど、戦争があったりすると、それがいつ断たれてしまうかわからない状況になってしまいます。誰もが希望ある未来を望んでいるはずなのに、「争いが繰り返されてしまうのはみんな嫌だよね……」ということを伝えたいのがまずひとつあって、そこから「涙の種を撒いて未来に繋げていこう」ということを一番に書きたいなと思いました。
■難産でしたか?
南壽 映画の撮影が終わってから書いたわけでもないですし、何もかもを見せてもらってから、全てを感じ取ってから書いたわけではないから、最初は結構苦しみました。終盤は、コロナ禍で自分の活動が止まっている現実があり、でも、そこがある意味リンクした部分だったんじゃないかなとも思っていて。「当たり前の日々がなくなった」というところが、映画の内容とリンクしながらの制作でした。上映開始の時もマスクを着けて、一席ずつ空けての上映だったんですけど、そういう今を生きているからこそ、わかるものが書けたかなと思います。
■いただいた感想の中で、特に印象的だったものはありますか?
南壽 「涙の種」というワードに対して、「希望の種みたいにポジティブなワードをまいて育てていく歌詞はよく聴くけど、涙の種という言葉はあんまり無くて、驚いた」というお話や、サビの「またつぎの夏もおなじように来ると思っていたのに」というシンプルな言葉が刺さった、というお話を伺いました。あと、矢川さんから「エンドロールに流すにはもったいない!」と言われたんです。「普通ならエンドロールの途中でみんな帰っちゃうから、映画の真ん中で流したい」って。(笑)
■今の「エンドロールで流すのにはもったいない」という発言で、矢川さんの性格がより伝わりました。(笑)
南壽 「エンドロールが終わるまで出入口に鍵をかけておきたい」ともおっしゃっていましたね。(笑) ご自身のイベントで上映する時も、「必ずエンディングまで聴いていってね!」と仰ってくれているそうで、すごく嬉しかったです。
■コンビニで楽譜を販売するという発想は、どこから出てきたのでしょうか?
南壽 コンビニって全国各地、みなさんの身近なところにありますよね。今、私は全国で活動をしていますが、関東を中心に発信していますから、ここにいながらみなさんの身近にある場所で“時の環”が拡がっていくという試みが、すごく素敵だなと思いまして。この曲に限らず、「ピアノ譜が欲しい」とよく言われるんですよ。お客さんにもピアノを弾いている方がいらっしゃるので。なので、自分が弾いているものを、割とそのまま遷したをひとつ作りました。
■素敵な試みだと思います。だって、自分の好きなアーティストが楽譜を出してくれたらみんな嬉しいですもん。
南壽 合唱は、山形で被爆ピアノのコンサートが毎年秋に行われているんですけど、山形大学混成合唱団と山形大学音楽科有志のみなさんが歌ってくれるのをきっかけに譜面を作っていました。みなさんの合唱を聴いた時にすごく感動して、自分も学生時代に合唱をしていたので、もしこうやって自分の楽曲が学生さんたちや、大人の方たちに歌っていただけたら、こんなに素敵なことはないなと思いました。合唱の譜面って難しいんですけど、どのパートがどの音域を出せるかを調べたりしながら作って、全国に時の環が広がったらいいなという気持ちで出しました。でも、まだ「合唱したよ!」という報告は聞けていないので、ぜひお待ちしております。(笑)
■「音源を送ってください!」くらいの気概ですね。(笑)
南壽 そうなんです。できたら映像も見たいなって。(笑) でも見たら泣いちゃうと思います。
■そんな楽譜ですが、今まさに練習されている方に、ワンポイントレッスンをお願いします。
南壽 ピアノの伴奏だとしても、歌を聴きながら歌うということを意識してほしいです。最初はピアノのメロディの優しい感じを表現してもらって、徐々にピアノの良さである壮大な広がりをイメージしてもらえたらと思います。コード弾きですし、簡単だとは思うので、ぜひ。ちょっと音がところどころ抜けていても、全然おかしくはない曲なので、気軽に弾いてほしいです。
■弾きながら歌うことが苦手な方は、どうやって練習すればよいでしょうか?
南壽 弾き唄いを最終目標にするならば、左手と歌からでしょうか。ベース音と歌から始めて、右手左手を別で弾けるようになってから、ピアノ全体で弾けるようになって、徐々に歌も乗せていくようなイメージです。
■これで「歌えるようになりました!」という報告が増えるかもしれませんね。それでは最後に、改めて南壽さんの平和への想いを教えてください。
南壽 「平和」という言葉はすごく漠然としていて、子どもたちにも「何をしたらいいかわからないよね」とよく言うんです。でも、毎日学校に通えたり、ご飯が食べられたり、お友達と笑い合えたり、何気ない話ができたりするのは、全てみんなの日常が今、平和だからなんだよ、と言っていて。そのために毎日何をすればいいかと言ったら、知らない人に対しても思いやりをもって接したり、挨拶してみたりすることなんじゃないかな。そして自分の友達だからとか、大切な人だからとかだけじゃなくて、知らない誰かにも大切な人がいるんだということに想像が及べば、少しずつ、本当にちっちゃいところからですけど、クラス内だったり、学校内だったり、組織の中だったりから、争いが減っていくと信じています。そういう身近なところから、できることをやっていけたらいいのかなと、私自身も含めて思っているので。“時の環”という曲を通して、何かみなさんにもできることを考えてもらうきっかけになったら嬉しいなと思います。
Interview & Text:安藤さやか
PROFILE
透明感あふれる唄声を持ち、懐かしい情景や忘れかけていたものを思い出す不思議な魅力を備えるピアノの弾き唄い。凛とした声の中に温かさを併せ持つ唯一無二の声が支持され、これまでに積水ハウス・シャーメゾンのTVCM『積水ハウスの歌』歌唱、東京ガスの企業CM『エネルギーのうた』制作・歌唱、アステラス製薬TVCMナレーション、かんぽ生命webアニメ音楽と語り、キャノンマーケティングジャパンラジオCMナレーション、カルピスの健康通販「アレルケア」TVCMナレーション、TOKYO FM局報「オキシトシン」「呼吸のおまもり」ナレーションと楽曲制作・歌唱、スケーター株式会社のお弁当箱TVCM楽曲書き下ろしなど、数々の企業CMの声に選ばれている。2012年『フランネル』でCDデビュー、翌年にはトイズファクトリーからメジャーデビュー。2016年にヤマハミュージックコミュニケーションズへ移籍。これまでに47都道府県ツアーを2度敢行。台湾でもCDデビューをしている。2019年にはフジロックフェスティバル初出演、ニューヨーク・カーネギーホール出演を果たす。秋にはNHK「みんなのうた」に書き下ろした『鉄塔』が放送、その着眼点とポップな曲調が話題となる。最新アルバム『Neutral』は日米両プロデュース作品。グラミー賞を13回受賞しているエンジニア、ラファ・サーディナのプロデュースによるA面(表題曲『すみれになって』ではハンガリー・ブダペスト管弦楽団総勢51名とのレコーディングを行う)と、元はっぴいえんどの鈴木茂との共同プロデュースによるB面の豪華な仕上がり。2020年夏公開の映画「おかあさんの被爆ピアノ」では主題歌を担当、出演もしている。2024年にはメジャーデビュー10周年を迎え、満を持して3度目の47都道府県ツアー”Kiitos”を敢行中。昨年末の中国4都市ツアーも好評を博した。
https://www.nasuasaco.com/
RELEASE
『“時の環”楽譜』
2025年5月16日(金)〜全国の「セブン-イレブン」店内マルチコピー機にて販売中
・ピアノ譜 300 円(税込)(A3 サイズ 白黒印刷 3 枚)
・合唱譜 400 円(税込)(A3 サイズ 白黒印刷 4 枚)
※一部店舗では設置されていない場合がございます。
https://www.sej.co.jp/products/bromide/hpbromide2505.html
『AMULET』

初回生産限定盤(CD+BD)
COZP-2186~7
¥7,700(tax in)

通常盤(CD)
COCP-42505
¥3,300(tax in)
日本コロムビア
NOW ON SALE
※収録曲 「オン・ザ・スクリーン」が昨日公開の佐野史郎、大沢健主演の縦型ホラーショートドラマにて主題歌に決定!







