8年振りひと夏限りのフライトへ、それぞれの道を歩んだメンバーの熱い想い。
PASSPO☆が8月7日に東京・Zepp Shinjukuでひと夏限りの復活ライブを行う。「みんなでつくるアイドルユニット」をコンセプトに2009年にデビューし、2018年に幕を下ろしたPASSPO☆。今回のライブではクラウドファンディングを行い、ファンと共にライブを作り上げていく。今回のインタビューでは根岸愛、森詩織、藤本有紀美、安斉奈緒美、増井みお、玉井杏奈の6人に復活ライブへかける想いを訊いた。
※岩村捺未は欠席
■久しぶりのライブ開催、おめでとうございます。改めましての自己紹介をかねて、「最近の自分が熱心に取り組んでいること」を教えてください。
森 黄色担当、もりしこと森詩織です。最近熱心に最近取り組んでることはバンドですかね。高校の同級生と一緒にThe_eekというバンドをやっているんですけど、最近、結成1周年のライブをさせていただいたりして、メンバーも見に来てくれたりしました。1年経ってやっとライブの数が増えてきているので、そこは熱心に取り組んでおります。
増井 ミントグリーン担当、みおみおこと増井みおです。同じくバンドになっちゃうんですけど、Mellowsというキュートメタルバンドを組んでいます。それが今3周年ぐらいになっているので、バンドを頑張りつつ……あと最近、47都道府県のグミを集めることにもハマっています。めっちゃ美味しいのでオススメです。
藤本 青色担当、ゆっきぃこと藤本有紀美です。今は建設業の会社で人事などをやっているんですが、現場の作業員さんに若い人が減ってきてしまっています。いくらAIが発展しても、現場の作業員さんの代わりにはならないので、若い人たちで身体を動かすのが好きな人がいたら、ぜひ働きにきてほしいです。(笑)
根岸 PASSPO☆のキャプテン、白色担当あいぽんこと根岸愛です。私が熱心に取り組んでいることは、このPASSPO☆のライブ実現に向けてのことです。私も普通に仕事はしているんですが、舞台に出たり、声優をやったりしている中で、どうしてもみんなでいいライブにしていきたいという想いがあります。最近引っ越しもして、その作業に追われつつも、ライブ実現に向けて頑張っています。ということを一番伝えたいです。
玉井 PASSPO☆最年少……とはいってももう30代なんですけど、紫色担当の玉井杏奈です。熱心に取り組んでいることといったら、もう子育てしかありません。(笑) もう3歳になるのですが、お誕生会には集まれるメンバーたちが来てくれました。「命を育てるのはこんなに大変なんだ、何世紀にもわたって人類はこんなことを続けてきたんだ、私の母はこんなにも大変なことをして私を育ててくれたんだ」と、日々母に感謝しています。「昨日できなかったことが今日できるようになる」という人の成長を毎日間近で見ているので、私もPASSPO☆が再結成となったからには、母になって成長した姿でステージに立てるように頑張ろうと思っています。
安斉 パッションピンク担当、なおみんこと安斉奈緒美です。私はヨガのインストラクターをやっているんですけど、最近、お客様の体調の変化を感じることが多くて、ヨガで体を整えてもらったり、ちょっと元気になってもらったり、そういうことを熱心に頑張っています。PASSPO☆のメンバーたちにも、ヨガのレッスンをやってあげたいです。
■ありがとうございます。今回のインタビューでは、岩村捺未さんがお仕事で来られなかったんですよね?
玉井 今、なちゅが一番忙しいんじゃないかな?パチンコの来店イベントで引っ張りだこになっています。(笑)
■こうやって改めて見ると、いろんな人生がありますね。再結成の経緯は伺っていますが、根岸さんのnoteを読んだ限りでは、結構狙っていた感じがします。
根岸 狙っていました。(笑) みんなの様子を見ながらね。でもやっぱり、本当にみんなが「やりたい!」という気持ちじゃなかったり、誰かが出られないということがあったら、できないと思いました。私たちが解散したのも、それぞれの道があって、このメンバーでいられないんだったら……という気持ちがあったからなので。だったら、復活する時もみんなの気持ちが一緒にならないままやるのは違うと思いました。だって、最後のフライトが現時点での最後のいい記憶になっているのに、再結成でいい形でライブができなかったら、それが最後の記憶になっちゃうんですよ……。だから「いいものにできるんだったら、いつかできたらいいな」くらいの気持ちでした。今は本当に、みんなで集まって話ができて、そしてこのフライトが実現したのがめちゃくちゃ嬉しいし、感謝しかないです。
■お話では「居酒屋での提案が発端」とありましたが……?
根岸 発端ではあるんですが、元々ちょこちょこ会っているんです。(笑) 「最近、メンバーと会ってる?」と、よく聞かれるけど、当たり前すぎて写真に出していないだけで、普通によく会っています。
安斉 だからなんか、「再結成」と言葉にすると、すごく重大な感じがしますけど、私たちの感覚的には、ずっと会って来てたので、あんまり「久しぶり~!」という感じがしないです。(笑) だけど、みおちゃんが「もう、やるとしたらもう今しかない」みたいなことを言ってくれて、本当にその通りだなと思って。死ぬ時に「あの時に集まっておけばよかったな」と思いたくなかったので、再結成を決めました。私たちはいい別れ方をしたんです。いい別れをした相手とは、そのままいい関係で終わりたいじゃないですか。だから、ずっとみんなが集まり続けているんだし、「やってもいいかな」くらいの感じで私は始まりました。それぞれ、そのボルテージがちょうど当てはまっている時期が今だったというだけで、ずっと傍にはいましたね。
根岸 ジャブ打ちから言うと2年前ぐらいから話はあって、結構他のアイドルさんもリバイバルみたいなことをしていたので、私も「そういうのいいな、いつかやりたいな」と思っていたんです。それまでにも、一応あるアイドルフェスなどから「復活してやりませんか?」と声がかかったこともあったんです。でも2~3人で出るなら、全員でやりたいという気持ちがありました。そこからちょっとずつ話を進めていって、「ライブできないかな?」という熱もどんどん高くなっていって、「せっかくやるならワンマンで、みんなが揃った状態でやろう」と、実現に向けて動いていきました。
■じわじわと離陸していった感じなんですね。
玉井 根岸の粘り勝ちです!(笑)
■それが大事だと思います。8年経って、今はどんな話題で盛り上がるんですか?
増井 みおとあいぽんと奈緒美で車に乗っている時に、PASSPO☆の曲をずっと聴いていたんです。「声がまず若いよね~!」とか、曲を聴いていろいろと思い出話をしていました。
根岸 思い出話はさ、何回も同じ話をしちゃうよね。(笑)
森 当時と多分、あんまり喋る内容は変わっていないです。(笑) あと、話す内容も覚えていない。(笑)
玉井 でも「楽しかったな」みたいな気持ちは確かにあるんですよ。
藤本 やっぱり今の仕事だったり、生活だったりのことで悩んだ時とか、ちょっと支えてもらいたい時とかに、ぱっとすぐに話せるのがPASSPO☆の存在なんです。
安斉 なんか不思議なんですよね。「別の扉」というか。家族の扉、友達の扉、職場の扉、それとは別にPASSPO☆の扉があって。それぞれの部屋にそれぞれの人生があり、それぞれ開けるタイミングは別にあるんですけど、PASSPO☆の部屋というのは、絶対になくならなくて。家族でもないし、血も繋がっていないし、生まれもバラバラだし、友達とも違う。でも多感な時期をずっと一緒に過ごしてきたから、友達以上の絆というか、「何か」で結ばれていて、特別なんです。
増井 若い時から、一番辛かった時期も、楽しかった時期も、悲しかった時期も、全部の感情を一緒に過ごしてきたから、なんだか特別な存在になったのかなと思います。
■「すごくいいこと言った」って顔をしていますね。(笑) 今までの8年間で一番変わったことはなんですか?
藤本 私は生活が変わりました。やっぱり「社会人として、カレンダー通りに普通に休みがある」ということです。(笑) 毎日決まった時間に起きて、寝て、という生活が、今でも変わったなと思います。
安斉 PASSPO☆の時は、オフの日も自撮りをSNSにあげることが普通で、例えば休みの日に遊園地に行く時などは、大体メンバーと一緒ですから、写真撮って、あげて……というのがお仕事の一環になっちゃうんです。そういう意味だと、本当の休みというのは、PASSPO☆が終わってからだったのかもしれません。ちゃんと夏も楽しめるようになりましたし。(笑)
根岸 夏が一番忙しかったもんね。夏フェスも多かったし。今年もね、実は呼ばれています。「一夜限り」の復活じゃなくて、「ひと夏限り」と言っているのはそういうことです。
森 私は自分で責任を取るようになったことですね。PASSPO☆にいた時は、自分ができないことは他の子が全部カバーしてくれていたんです。それで、自分ができることは自分がやって、自分のできることを伸ばすことができたんですけど、ひとりになった途端に、何もできないことに気付いたんです。世に出たら、これまで誰かに任せていたことが多かったのに気づき、「これ、できるでしょ?」と言われたことが、全然できなかったりして、悔しい思いをしたんです。もちろんメンバーに感謝はあるのですが、自分で自分のできることを積み重ねていって、今できることが増えたのが、一番変わったことかな。
増井 「やりたくないことはやらなくていいじゃん」ということに気づきました。「やりたくないこと」って、ちょっとアバウトだと思うんですが、今は自分でちゃんと、メンタル的にも納得できるようなお仕事を選んでいて。それも自分のブランディングに繋がると思うし、もう年齢も年齢で、たくさんいろんなことをさせてもらって、その経験があるからこそ、自分が得意なことをたくさん伸ばせるようなお仕事を、自分で選んでいけるというのがあります。PASSPO☆でできなかったことも、今はやらせてもらっているし、でも自由の中にもちゃんと責任というのもあるし、そういういろんなことを踏まえて、自分のやりたいことだけをやっていいんだなというのが、ちょっと変わった点かなと思います。
藤本 選択できるっていいことだよね。今までは全部プラスにしていかなきゃいけないみたいな思いがあったけど、マイナスにしても、無理にやらなくても、人生って豊かになるんだっていうのがわかるようになりました。
増井 今までのことが「やりたくなかったこと」というよりは、自分が不得意だったお仕事でもちゃんとやらなきゃいけない、というのもあったし、でもそれをやってきたことによって、自分も強くなれたから、やってよかったと今はすごく思います。
玉井 いや、私はもう、子どもができてからライフスタイルが変わりすぎて。夜型人間だったのが朝型人間にならなきゃいけないという。朝早くに「ママ、ママ」って来るから、寝たふりしていると、指でまぶたを「バッ」とこじ開けられるんですよ。(笑) なんか全てが変わりました。いろんな大人の方に育てていただいた側から、いろんな選択肢を与える側になっているということが、本当に変わったなという感じです。自分は育児に向いていないと思っていたんですが、やらざるを得なくなったら、人はちゃんとやれるんだなということもわかりました。(笑)
■子どもができると、世界の中心軸がちょっと変わりますよね。
玉井 「子どもが生まれると人生の主人公が変わる」なんて言いますけど、私は変えるつもりはないです。(笑) でも、私が振り付けをやっているTHE ORCHESTRA TOKYOの子たちも、もう「我が子」になってきましたしね。プライベートな部分だったり、精神的な部分だったりって、どうしてもアイドルを経験していないとわからないし、お客さんには絶対に見せないし、見せなくていい部分の消化については、母親になったから手を差し伸べられる瞬間がたくさんあると思っています。だから、全てに意味があるというか、繋がっているなというのは思いますし、もう全てが変わりました。
根岸 私はPASSPO☆が解散してから今にかけて、どんどん積極的に人と交流ができるようになりました。もともと人見知りで、本当に仲がいい子とたまに遊ぶくらいのインドア派だったんです。PASSPO☆当時は、アイドルフェスとかに行っても、アイドル同士の交流がそれぞれあるわけじゃないですか。その時は他のみんながすごく外交的だから、外交はみんなにお任せしていたんです。話しかけてもらえるとすごく嬉しいし、私ももちろん友達として楽しかったんですが、自ら交流はなかなかできないタイプで……。でも、やっぱり解散してからは、「もっといろんな人と接した方がよかったな」とか、「スタッフさんともっといろんな交流しておいた方が良かったな」とか、思うところにどんどん気づいて、そこからは人と会う機会も増えていきました。自然と自分の意識が変わったんだと思うんですが、仕事で関わる人も、プライベートで会う人も、「この人と関わりを持ちたいな」と、自分から行けるようにもなりました。それで人間関係も良くなったし、お仕事のやり取りもスムーズになったし、だいぶ成長できたなと思います。自分の意見も自信を持って言えるようになったし、だいぶ変わったと思います。







