明るい曲を歌わない理由とは? 生きづらさを感じる日々から生まれた救いの歌
理不尽なことも少なくない現代社会で感じる怒り、悲しみ、そして「本当はみんな思っているけど言えないこと」。藤川千愛のセカンドアルバム『愛はヘッドフォンから』は、「思っていることがあっても表に出せない」という彼女だからこそ表現できる繊細な感情と頑強な反骨心にあふれた作品だ。「前向きな曲を聴いても前向きになれない」と語る彼女が楽曲に込めた想い、明るい曲を歌わない理由を聞いた。
■昨年5月に初めてのアルバムを出されて、今作までの間にご自身のなかで変化などはありましたか?
藤川 もっといい音楽を、もっといい歌をという想いは常にあって、いろんなアーティストさんのライブに行って、勉強することが多かったです。それと9月に出演した岡山の「桃太郎フェス」で、名だたるアーティストさんたちと共演させていただいたんですけど、そのときに自分との違いを痛感して、もっともっとがんばらなきゃいけないなって。
■自分との違いというのは?
藤川 フェスなのでいろんなアーティストさんのファンがいたんですけど、KREVAさんのステージを見させていただいたときに、その場にいた1万人くらいのお客さんがひとつになっていたんです。その光景に感動して、自分の無力さが悔しくて、号泣してしまいました。
■悔しさで泣いたんですか?
藤川 はい。KREVAさんのライブを見るのは初めてだったのですが、生で見るとこんなにもすごいんだと思って、その日はいろいろ感じるものがありました。普段からライブDVDはよく見るのですが、ジャンルにこだわらず、いろいろなアーティストのライブを生で見なきゃだめだなーって考えさせられました。
■そういう経験はアルバム作りにも影響を与えましたか?
藤川 はい。1作目はロック色が強いアルバムだったんですけど、今回はジャズだったり、R&Bだったり、フォーク、シティポップと、ロック以外にもいろんなジャンルに挑戦したいなと思いました。それと前作は尖っている曲が多くて、明るい曲が少なかったんです。でも今回、アルバムタイトルにもなった“愛はヘッドフォンから”は、いままで自分が音楽に救われてきたっていうことを曲にしていて、そういう曲を出せたのはすごく嬉しいです。
■明るい曲を歌いたかったんですか?
藤川 歌いたくなかったんですよ、明るい曲が嫌いで。自分が好きな曲も暗いものが多いというか、幸せを歌うようなものじゃなくて、本当はみんな思っているけど言えないことを歌うような曲のほうが好きなんです。だから自然と自分もそういう曲が多くなります。
■でも今回はちょっと明るい曲もやってみようと思ったわけですよね?
藤川 そうですね。そんなに明るいと言えるほど明るい曲ではないですけど。(笑)
■歌詞は共作も含めて全曲ご自身で書かれていますけど、前半は社会や自分について歌った曲で、後半はラブソングになっていますよね。どんなきっかけで歌詞のテーマは決まるんですか?
藤川 結構感情の起伏が激しくて、ニュースを見て号泣しちゃったり、怒ったりしちゃうことが多いんです。だから怒りや悲しみはよくテーマになりますね。逆に楽しいとか幸せとかっていうことがテーマになることは全然ないです。
■たとえば“神頼み”は「最近は嫌なニュースばかり/こんなんじゃ駄目でしょ!?/聞いてるの? 神様!」と歌っていて、まさにニュースを見て怒っている感じですよね。
藤川 そうですね。この怒りをどこにぶつけたらいいんだろうって、どうすることもできなくて。それを神様のせいにするというか。
■ちなみに何のニュースに対して怒っていたんですか?
藤川 あおり運転とか……。被害者の気持ちに感情移入しちゃうんです。特にバイクをあおって、追突して、そのぶつけた人が「はい、終わり」って言った声がドライブレコーダーに残っていた事件があったじゃないですか。あれは本当に許せなくて、当事者ではないですが、テレビの前で随分と感情的になってしまいました。そんなことがしょっちゅうです。
■日々のニュースで積もり積もった気持ちが曲になっているんですね。でも、ニュースを見るたびに感情移入していたら、生きづらくないですか?
藤川 すごく生きづらいです。最近気付いたんですけど、たぶん私、少し過敏というか、良く言っちゃえば繊細なんですよ。自分で言ってしまいましたが……。
■だいぶ気付くのが遅かったですね。(笑)
藤川 本当にすぐ感情移入しちゃって……。
■それだと映画とか観に行けなくないですか?
藤川 すごい疲れちゃいますね。怒ったり泣いたり。
■藤川さんほど極端じゃないかもしれないですけど、同じようなことを感じている人は世の中にたくさんいて、このアルバムを聴いて「私だけじゃなかったんだな」と救われることもあるんじゃないかと思うんです。
藤川 ありがとうございます。それは感じてほしいですし、そういう人に届いたらいいなと思っています。
■藤川さんとしても、こうして歌で吐き出さないとやっていけない面もあるんですか?
藤川 そうですね。私は普段、思っていることがあっても表に出せないことが多いので、歌で発散しているところはあります。
■歌詞に書かれていることは、だいたい実体験なんですか?
藤川 自分の体験もあったり、頭のなかで作り上げた物語もあったり。全部が実体験というわけではないです。
■たとえば“東京”は「授業」「バイト」「奨学金」とか、具体的な映像が見える言葉がたくさん出てきますよね。
藤川 上京した学生さんがテーマなんですけど、私は高校を卒業して工場に入社したので、大学生というものをよく知らなくて、傍から見ていると楽しそうでいいなって思っちゃうんです。でも、あるときに奨学金の返済に悩んでいる大学生のドキュメンタリーを見て、大学生も大変なんだなと思って。そしたらちょうど、私の妹も奨学金を借りて専門学校に行ったんですよ。妹も本当にやりたいことをやっているのかな?とか、そういうことがテーマになっています。