楠木ともり VANITYMIX WEB LIMITED INTERVIEW

楠木ともり『narrow』

自分のことを将来支えてくれる歌詞ができたと思います

若手声優、楠木ともりが2ndEP『Forced Shutdown』に続く、3rdEP『narrow』を完成させた。今作は冬をテーマに据え、これからの季節にぴったりの曲調が出揃った。前作同様に楠木自身が作詞・作曲を手掛け、冬らしさ溢れる穏やかなサウンドと心の芯から温めてくれる歌詞をベースに、またしても新たな境地を切り拓いている。特に彼女の想像力豊かなストーリーテラーぶりが際立った一枚について、本人の解説により作品そのものがさらに近く感じられるに違いない。

■前作2ndEP『Forced Shutdown』は、オリコンデイリー1位を獲得して大きな反響があったと思います。今振り返ってみて、作品に対する印象に変化はありますか?

楠木 2ndEPでやっと楠木ともりらしさが見えてきたというか。いろんなジャンルをやりたいので、逆にジャンルを確立しづらいのかなと思っていたんですけど、ちょっとだけ楠木ともりという概念が見えてきたのかなと。ファンの方の感想を聞いたりして、「なるほど」と思いつつ、この3rdEPでまた曲の幅が広がったので、今はどう感じて頂いているかはわからないですね。

■現時点で楠木さんが思う自分らしさとは?

楠木 今回で言えば「熾火」みたいな衝動的で複雑なロックチューンなのかなと思うけど、最近は歌詞の内容が私らしさを作っているのかなと思います。

■ああ、切ない感情を描写している辺りとか?

楠木 そうですね。感情が遠回しに描かれていたり、曲の中で登場人物に変化があったりとか、そういうところです。

■今作も楠木さんのストーリーテラーぶりが遺憾なく発揮されたEPになりましたね。

楠木 ありがとうございます!

■今作で「冬らしさ」をテーマに据えようと思ったのは?

楠木 今回は初めて全曲書き下ろしで、既存曲が1曲もなかったんです。だから、作る段階でスタッフの方と「EPのテーマを決めましょう」ということになって。それから楽曲の制作に入ったんです。冬をテーマにしつつ、楽曲の幅は今まで通りに持たせて、サウンドは“アカトキ”みたいなちょっと温かい雰囲気が出せたらいいなと。

■テーマを据えての制作は大変でしたか?

楠木 最初は苦戦したんですけど、迷った時の楽曲のタイトル決めや、どういう楽曲にしようかと悩んだ時に、冬という軸があったので逆に書きやすかったです。

■ちなみに楠木さんが思う冬のイメージというと?

楠木 私は冬がすごく好きなんです。自分の誕生日があるし、クリスマスもあるし、お正月もあるし、ちょっと非現実的なところが好きです。あと、寒さも好きなんです……苦手ではあるけど、気持ち的には好きなんですよ。切ない気持ちになったり、孤独感を感じたり、でも温まるような瞬間もあったりして。冬の空気の匂いも好きで、五感が刺激される季節だなと感じます。

■なるほど。

楠木 コーヒーショップで「クリスマスブレンド」みたいなものを飲むのも好きです。だから、何かと冬は好きなものが集まっている気がします。夏よりも冬の方が曲は浮かびやすいのかもしれないですね。

■表題曲の“narrow”は、今作の中でもっとも冬らしい仕上がりですね。歌詞の世界観も独特ですが、これはどこから着想を得たんですか?

楠木 テーマを冬と決めた時に、これまでの曲に出てきた登場人物たちを繋げようと思ったんです。“narrow”に関しては、1stEP(『ハミダシモノ』)に入っていた“ロマンロン”の主人公と、“僕の見る世界、君の見る世界”の主人公が出会うという話で、まるで小説を書くような感覚で書きました。

■この曲は状況設定が綿密に練られていますからね。そういう風に自分でストーリーを作るのも楽しめた感じですか?

楠木 すごく楽しかったです!勝手にイメージビデオが頭に浮かんで、今までは場所の設定まで考えたりしなかったけど、今回は「新宿の駅前だな、天気はこんな感じで、温度はこんな感じだな」などと。“narrow”の主人公の視点は“ロマンロン”の主人公の視点なんですけど、そこに“僕の見る世界~”の主人公が路上ライブを観に来るというお話で。Bメロで“僕の見る世界〜”と同じコーラスが入っていたり、“僕の見る世界〜”のBメロで「星に笑え はるか遠くへ」という歌詞があるんですけど、そこから繋がって「ここじゃ星は見えないよ」という歌詞を入れたり、「言われてみたら確かにここ繋がってる!」という部分を随所に入れているんです。

■「歌う理由を知らない僕に 何度も見せてくれた イヤホン外す仕草」という歌詞も、鮮明に情景が浮かんできます。

楠木 路上ライブでイヤホンを外して聴くという行為は、自分のライブを観てくれたんだという喜びの動きだと思うんです。「ロマンロン」では歌いたいという気持ちだけが先行して、歌手という夢を追いかけている段階でしたけど、ここで初めて誰かに対して歌いたいという気持ちが芽生えているんです。でも聴いて欲しいタイミングで、聴いて欲しい人は来ない……。観に来てもらえないなら、今度はイヤホンから流れる音楽をちゃんと目指そうと。そういう主人公の心の成長を描けたらいいなと思って。

■ラストの「もう見なくていいように」の歌詞にはそういう思いが込められていたんですね!

楠木 そうなんです。ちゃんとアーティストとして君の耳に曲が届くようになりたいと。

■曲の中の主人公の変化は、楠木さんの心情とも重なる部分はありますか?

楠木 ありますね。私はインディーズの頃からライブをしていて、どういう風に聴いて欲しいかまでは最初は考えられなかったから。いろんなライブを通してみなさんの感想をもらい、そこで考え方も変わっていったんです。歌う意味、曲を書く意味を考えるという部分で自分と重なる部分がありますね。

■楠木さんのボーカルも隣で歌ってくれているような、距離感の近いアプローチですね。

楠木 特に“narrow“は内面にアプローチしたくて、歌い方の変化で登場人物がどういう人なのかわかればいいなと。自然と描いた景色を歌おうと思ったら、いろんな歌い方が生まれました。

■速いテンポと、こうしたゆったりした曲調ではどちらが難しいですか?

楠木 感情を込めやすいのは、衝動的なものの方が気持ちが乗るので歌いやすいんです。“narrow”はメロディがシンプルなので、繊細にアプローチできるので違う感情の乗せ方ができたと思います。それこそ、この曲の最初の部分はレコーディングの時に、すごく小さなボリュームで歌っているんです。今までの激しい曲ではそういう風に歌うとオケに埋もれてしまうので、声の震えや息遣いまでは入れづらかったけど、今回は冬の温度感が伝わるように「白い息まで見えたらいいな」と思って。感情だけじゃなく、情景も彩れる細かなアプローチはシンプルな曲ほど光ると思うので。

■確かにアレンジはシンプルですが、カラフルさは増した印象です。そして、次の“よりみち”は打ち込みを用いて、より削ぎ落とされた楽曲になっていますね。

楠木 そうですね。“narrow”とは正反対に、あえて情景描写は抽象的な表現にしているんです。“よりみち”は一人の夜の帰り道を描きたくて。帰り道ってなぜか必要ないことを考えて、ぼんやりしたものがループしちゃうようなイメージが頭に浮かんだんです。だから、サビのフレーズを同じにしたり、輪郭をつけ過ぎない歌詞を意識しました。

■「歩いて 歩いて 紙吹雪」、「歩いて 歩いて 赤い道」の歌詞などがそうですよね?

楠木 仕事で失敗して落ち込んだ帰り道というか、テーマは自分で自分を褒める曲にしようと。私は嫌なことがあった日はいつもと違う道を通って、寄り道したくなるんですよ。そういう一人の帰り道を想像して書きました。「紙吹雪」という表現に関しては、これを書いている時にアニメ映画の『パプリカ』を急に思い出して、有名なパレードのシーンで、紙吹雪が舞っているんです。そういうお祭り感や華やかさが、一人の寄り道であったら面白いなと思って。「赤い道」は、レッドカーペットのことで、自分一人の帰り道だからこそ、いろいろ妄想できるじゃないですか。「今日嫌なことがあったけど、私は頑張ったよね」と言える帰り道になったらいいなと。