一人の人間を読み解いた一本のドキュメンタリー映画
昨年8月に1stEP『ハミダシモノ』でソロ・メジャーデビューを果たした若手声優、楠木ともり。約8カ月ぶりに届いた2ndEP『Forced Shutdown』は、彼女の内面をより曝け出し、音楽的にもこだわり抜いた渾身の一枚に仕上がっている。4曲入りの今作はすべて作詞・作曲を本人が手がけ、1曲1曲違う編曲者にお願いし、自身の作りたい音世界を徹底的に突き詰めた内容である。彼女の理路整然とした語り口はアーティスト然とした佇まいで、気は早いかもしれないが、これからどんな楽曲を生み出してくれるのか、さらに楽しみになってきた。声優、歌手と二足の草鞋を履く彼女に直撃!
■前作『ハミダシモノ』を出した後の反響はいかがでしたか?
楠木 まず2019年12月のバースデーライブで「ソロ・メジャーデビューします!」と発表した時に、「待ってました!」、「嬉しい!」など、いい反応をたくさんいただけたので、インディーズで積み重ねてきて良かったなと思いました。そして“ハミダシモノ”はタイアップもあり、多くの方に聴いていただけたし、声優とはまた違う新たな楠木ともりの一面を見てもらえたかなと。
■基本的な質問になりますが、楠木さん自身、声優と歌手どちらもやりたいことだったんですか?
楠木 もともと声優を目指していて、オーディションも受けていたけど、演技経験もなかったので、なかなか歯が立たなくて。ちょっと声優の夢を諦め気味だった頃に、歌手をやりたい気持ちも芽生えてきたんです。でも声優の夢も諦められなかったので、できるなら両方やりたいと思っていました。
■今は見事に二つの夢を叶えていますね。そして、昨年は21歳の誕生日である12月22日に生配信ライブを行いましたが、その時の感想を教えてください。
楠木 オンラインライブは初だったので、どうしたらみなさんに楽しんでもらえるかすごく考えました。やり終えた後、私の理想的なオンラインライブの形を作れたので、スタッフの方にも感謝しています。オンラインということをネガティブに感じないライブができたんじゃないかなと。
■楠木さんが思う理想的なライブとは?
楠木 オンラインは生のライブと比べると、没入感が低いとも思うんです。私もコロナ期間中にいろんな配信ライブを観たんですが、実際に観に行った方がいいなと比べてしまう部分が多々あったんです。オンラインでライブをやる意義を魅せたくて、配信にしかできない映像の切り替えをしたり、客席側も使ってライブをやったりと拘りました。ただ、ワンマンは自分しかいないので緊張感がありました。
■ちなみに歌手活動する中で、声優業にも影響はありますか?
楠木 声優業では自分が演じるキャラクターの視点から作品を紐解く感覚ですが、『ハミダシモノ』で作詞した時に、もっと俯瞰的に作品を見なければいけないなと感じたんです。そういう視点を持つことで、作品の見方が豊かになったと思います。
■そして、前作は力強くて明るめの作風でしたが、今作はダークでディープな曲調が揃いましたね。最初のビジョンは?
楠木 表題曲の“Forced Shutdown”以外は、デビュー前のインディーズ時代の曲をリアレンジしたので、まずは曲選びから始めました。『ハミダシモノ』は周りに「自分はこうありたい!」と宣言している広くて力強い世界観だったけれど、今回は部屋の中にいる感じというか、自分の奥深くを見つめて淡々と進むような歌詞が多いです。4曲とも曲調はバラバラだけど、歌詞に共通点があるのでバラバラな印象は与えないかなと思います。4曲を通して、一人の人間を読み解いた一本のドキュメンタリー映画を見終えたような気持ちになったんですよ。1曲1曲もいいけど、通して聴いたらより楽曲自体を濃く感じてもらえると思います。
■前作も良かったですが、個人的には今作の方が好きです。
楠木 ありがとうございます!
■どこか陰があるダークな曲調に惹かれるもので。
楠木 今回、初めて全曲作詞・作曲したので、より自分のやりたいことや、みなさんに伝えたい思いを曝け出したEPになっているので、褒めていただけてすごく嬉しいです。
■より自分を曝け出せるタイミングに来たと。今作は4曲とも編曲する方を変えているので、作品自体もバラエティに富んでいるし、楠木さんの歌声も表情が多彩ですよね。
楠木 作詞・作曲する上で、各曲こういうアレンジにしたいと思った時に、普段聴いているアーティストの編曲をしている方たちにダメ元でお願いしてもらったんですが、みなさんから快諾していただけたんです。仕事としてちゃんと向き合って制作しましたが、いち音楽好きとしても楽しいEPになりました。曲のテイストは意識して変えたというよりも、編曲に引っ張っていただいた部分が強いです。曲のテイストに歌も引っ張られたので、それぞれ違う表情が出たのかなと思います。
■“Forced Shutdown”は、いつ頃に書いたものなんですか?
楠木 コロナの自粛期間中です。私は曲が降りてくるタイプじゃなくて、曲を書こうと思わないと書けないんです。でもこの曲はそういう作り方ではなく、少しずつスマホのメモに書き溜めたものをまとめました。期間が長かったので、また違った歌詞のテイストにはなったかなと。
■前作にも変拍子を用いた“ロマンロン”みたいな曲もありましたが、“Forced Shutdown”もかなりトリッキーなサウンドですよね。
楠木 テーマとしては、コロナ禍で人と会えなくなり、リモートやSNSなどで顔を合わせずに繋がる機会が増えたと思うんですが、そこに対してポジティブな印象を持つ人もいるけれど、私は窮屈さというか、息苦しさを感じたんです。繋がることにネガティブな印象を受けて、ポジティブな方向性で閉ざすという選択肢もありなのかなと。そういう自分の混乱した気持ちを曲調にも出したくて。先の展開が裏切られていくような…編曲者の重永さんはカオティックと形容していたんですが、そういうアレンジにしていただきました。
■ええ、まさにカオスな曲調になっています。(笑)
楠木 歌詞の主人公の気持ちをそのまま音にしているイメージです。重永さんと編曲の話をしている時に、今回はバンドアレンジというより、打ち込みがあったり不思議なテイストにしたいとお伝えしました。イントロの歌の加工もすごくいいなと。最初に聴いた時はすぐに理解できないかもしれないけど、スルメ曲だと思っています。
■歌詞は後悔や怒り、人とのすれ違いで生じる気持ちを綴った内容ですよね。
楠木 歌詞は強めの単語が多くて、怒っている印象があるかもしれないです。苦しいことや悲しいことがあった時って怒りでごまかしたりすることってないですか?その感じを出したかったんです。ひとつの気持ちに固まらず強めの言葉を選んでいるけど、急に歌い方が弱くなったりあえて統一性がないようにしました。怒っていると思いきや悲しんでいるのかな?って、いろんな感情を読み取ってくれたら嬉しいなと。
■「君の不細工な色眼鏡 外して踏みつけて粉々にしたい」は、かなり攻めた歌詞ですね。
楠木 そこは練り直した結果、一周回って練り直す前に戻りました。(笑) ラスサビに向かう前なのでインパクトが欲しくて。カッコつけるよりも直球の方がいいなと思って。
■他者との関係性の中で生じるマイナス感情は作品全体にも通じるテイストで、ハッピーな歌詞は少なめですよね?
楠木 普段あまりハッピーな曲を聴かないので、それもあるのかな。曲を書く原動力は幸せな時よりも、ネガティブだったり、モヤモヤしたり、悲しんでいたり、何かに怒っていたり、その気持ちを整理するために曲を書くことが多いんです。自分を整理するための手段として、作曲が存在している感じです。