熊木幸丸(Vo)
自分たちの音楽で人をどう動かせられるか、どう提案できるか
4ヵ月連続シングル“風になる”“HOUSE”“Do Do Do”“初恋”に“FRESH”をプラスしたセカンドEP『FRESH』をリリースするLucky Kilimanjaro。「世界中の毎日を踊らせる」をテーマに自分で選ぶことの大切さや、新たな自分に出会うことの大切さを歌う楽曲に、背中を押される人はきっと少なくないだろう。バンドの中心人物となる熊木幸丸(Vo)に、結成の経緯から今作について話してもらった。
■活動開始が2014年ということですが、結成の経緯を教えていただけますか?
熊木 2010年の末頃にバンドを結成しているんですけど、ちゃんと活動し始めたのは2014年の頭くらいで。もともと大学の軽音楽サークルでコピーバンドをやっていて、作曲もしてはいたんですけど、別にそれを外に出したいという気持ちもなく、でも卒業のタイミングで外に発信するバンドをやりたいなと思い、サークルの仲のいいメンバーを誘ったんです。今もそのメンバーでやっているから、友だちの延長というかサークルの延長みたいな感じではありますね。
■外に発信するバンドをやりたいと思ったきっかけは?
熊木 フェスによく行っていたんですけど、当時シンセを大々的に使うバンドがそんなにいなくて、僕がシンセにハマっていた時期でもあったので、「シンセのバンドやりたい!」って気持ちがたぎっていたんですよ。そこから本格的に曲を作ったりして、自分の作った曲でライブもやりたいなって。
■発信したくなったってことは、人に何かを届けたいとか、そういう気持ちが少しずつ芽生えてきていたとか?
熊木 自分でどれだけいいものができるかを試したかった、みたいな感覚だったのかな?両親が広告系のデザインの仕事をしていて、小学生の頃からパソコンで絵を描いたり、ものを創るのが好きだったから、それを人に見せたい、みたいな気持ちは昔からあって。そういうのが音楽につながって、バンドというカタチになったのかなって思います。
■シンセにハマったきっかけは?
熊木 当時、海外のUS、UKのバンドでシンセを使うバンドが多くて、それらをコピーしていたのがきっかけで、僕はもともとギタリストで、中学からギターをやっていたんですけど、ちょうどギターにも飽きてきたところで…。(笑) シンセっていろんな音が出ておもしろいし、ギターとはまた違う質感だし、違う感覚が欲しかったのも重なったんでしょうね。
■どんなバンドをコピーしていたんですか?
熊木 Lucky KilimanjaroでコピーしていたのはPassion Pitというバンドで、シンセを買うきっかけにはなっていますね。
■大学卒業のタイミングで本格的な活動を決めたということは、就職や将来に対しての不安とかもあったのかと思うんですけど?
熊木 メンバーの中で僕がいちばん年上で、ほかのメンバーは1個下、2個下なので、まだそこまで就職とかに関しては真剣ではなかったというか、むしろ僕は就職が決まっていたのを辞めちゃったんですよ。(笑)
■おぉ、そうなんですか!
熊木 バンドやるなら辞めないといけない、みたいな謎の概念があって。バンドに集中するためには仕事なんてしてらんねぇなって。(笑)
■潔い!(笑)
熊木 僕、将来の不安とかがあまりないタイプなんです。アルバイトでも豪華な暮らしはできなくても、なんとか暮らせるだろうし、楽しく過ごせると思っていて。でも不安もないから、そんなに覚悟もないっていう。(笑)
■あー、なるほど。
熊木 だから「これが失敗したら人生終わりだ」みたいなものも全然なかったですね。未来とかそういうわからないことに一喜一憂していても仕方ないんで。どっちかというと、今、目の前の夢中になれることにどれだけ気持ちを注げるか、それが重なって何かになると思っているので、それは今もそうだし。むしろやりたくないことをやっちゃうと、自分の中に何もなくなっちゃうから、それは絶対いやだなって。
■その今、目の前にある夢中になれることが音楽だったと?
熊木 なんだかんだ音楽になりましたね。
■今訊いたお話がそのまま歌詞に現れているなって思いました。
熊木 うんうん、そうですね。
■バンド結成当初から今のような方向性というか、こういうことを歌っていこうと決めていらっしゃったんですか?
熊木 結成当初から1stアルバムくらいまではあまり考えていなくて、ただ「カッコいい音楽をやるぞ」みたいな、割と自分の中で完結するようなことをやっていたんですけど、メジャーから声が掛かる直前くらいに、「自分の音楽で人をどう動かせるだろうか」とか、「どう提案できるだろうか」ってことを考えるようになって、実際に歌詞でそういうことを歌い出したのはメジャーデビュー以降かもしれないですね。
■こういうシンセが効いた音楽って抽象的な表現が多いですし。
熊木 そうなんですよ。ずっと抽象的なものをやっていたんですけど、なんかそれって褒められたくてやっているような感じというか、カッコいいと思われるために曲を書いている感じがあって、それって幸せになれなさそうだなって。
■というのは?
熊木 人に褒められるために曲を書くって、自分がずっと辛くなりそうだと思ったんです。だから、そうじゃなくて、自分の考えていることを外に出して、その結果、誰かの生活が良くなるのであればもっといろんな人を幸せにできるし、自分も幸せだろうなって。なので、今は自分の考えていることを言葉にして、人に伝えるっていうスタイルになりました。
■それができるようになったことで、ずいぶんとラクになったんじゃないですか?
熊木 ラクになりましたね。ラクになったし、自分がなんで歌っているのかっていうことがすごく明確になった気がします。
■あ、なるほど。
熊木 今まではカッコつけていただけで、今もカッコつけてはいるけど、ちゃんとこうしたいっていうのがあるから。(笑) 自分が音楽を作る意味や歌う意味ができたなって。だから良かったなと思います。何よりもライブに来てくれた人たちに「あの曲に救われました」とか「あの曲で決断することができました」とか、そういう言葉を聞くと、人の為になったんだなって、それが心に残るから嬉しいですよね。
■4ヵ月連続でシングルをリリースするというのは、曲作りや制作の面では大変じゃなかったですか?
熊木 もともと4月か5月にEPを出そうという話があって。そのために去年のメジャーリリースのタイミングからずっと曲を書いていたので、2月くらいにはもう全曲揃っていたんですよ。そこから「EPではなく、連続シングルで出してみたらどう?」っていう話になり、おもしろいなと思って、じゃあ連続シングルでってことになったので、あまり制作の辛さとか大変さはなかったです。その中でも“風になる”は、Lucky Kilimanjaroとして2019年いちばん押し出していきたいスタイルというか、こういうことを言っていきたいという曲だったので。それでこの曲をいちばん最初にしようと。あとは内容とバランスで4連続並べていった感じです。