町あかり VANITYMIX WEB LIMITED INTERVIEW

町あかり『総天然色痛快音楽』

昭和歌謡の魅力と町自身の世界観を融合させた魅力的な収録曲について語る。

2015年にデビュー後、様々なジャンルのエッセンスを取り入れた楽曲で音楽リスナーからミュージシャンまで数多くのファンを獲得してきたシンガーソングライター町あかり。楽曲制作のみならず、イラスト制作、衣装制作、執筆活動もおこなうなど、活動の幅は多岐にわたる。今回のアルバムジャケットで町が着ている衣装も町自身が制作し、ジャケットに添えられたイラストも町本人が描いた。収録曲からジャケットのデザインまで、町の世界観を余すことなく表現したアルバムとなった。4年ぶりとなる、クリエイティブ精神に満ち溢れた今の町あかりの集大成的オリジナルアルバム『総天然色痛快音楽』の収録曲、制作秘話を語ってもらった。

町あかり『総天然色痛快音楽』

■今回のアルバムは70曲以上の候補曲から24曲までに絞って収録されたとうかがいましたが、どのような基準で選曲されたのでしょうか?

 ここ1年半から2年以内に作った曲から選抜しました。自分で気に入っている曲を選んで収録しました。

■どの曲も個性的でした。特に曲名は言葉選びが秀逸で、“宵っ張りのミンク”など一度聴いたら忘れられないタイトルになっていますよね。どんなふうにタイトルを決めていらっしゃるんでしょうか?

 どの曲もタイトルから先に決めているんです。そこから「どんな曲にしようかな」とか「どんなメロディーにしようかな」と考えています。例えば「宵っ張りのミンク」って言葉が先にメモしてあって、「こういうタイトルの曲があったら面白いな」と思ってから曲を作ることが多いです。キーワードから想像して、膨らませて楽曲を制作しています。

■なかなかそのキーワードを思い浮かぶことが難しいように思えます。今回の収録曲“おもんぱかるガンマン”というタイトルを見た時も、独特なワードセンスに驚いてしまいました。

 “おもんぱかるガンマン”は、おもんぱかるっていう言葉を知った時に、「おもんぱかるの後にくっつく言葉がどんな言葉だったら面白いだろう?」と考えて曲作りをしました。連想ゲームみたいな感じですね。なんとなく「ガンマンがおもんぱかってたら面白いよなぁ」と思ったのがこの曲名ができたきっかけです。でも自分の中にはガンマンがどんな存在なのか情報が少なかったので、ガンマンについて調べるために「荒野の七人」という西部劇の映画を観たんです。そうしたら「荒野の七人」もおもんぱかっていたんですよね。殺し屋の仕事なんですが、地元の人と仲良くなってしまって、情が湧いてしまうという場面もあって、まさに“おもんぱかるガンマン”が描かれていて、大変参考になりました。

■“誰もいないBBS”は、「始業前」と「放課後」の2曲収録されていますが、何か理由があるのでしょうか?

 この曲はもともとは一曲だったんです。BBSって昔はあんなに流行っていたのに、かつての遺産になってしまったなという哀愁を描いたら面白いなと思って作った楽曲です。学生時代の合唱曲が大好きだったので、その雰囲気を取り入れた楽曲にしたいと思って、意気込んで作ったんです。そうしたら「全部聴くにはちょっとな…」と思うような長さになってしまったので、ちょうど間奏の部分で切って2曲に分けたんです。聴く人への配慮として2つにしたんですよね。(笑)

■“ラーメンは軽犯罪”っていうタイトルも面白いですよね。どんな経緯でできた楽曲なんでしょうか?

 夜遅くにカロリーが高いものを食べて「罪深い」って思うように、「軽く犯罪だよね」っていう表現もあるんじゃないかなと思って作りました。夜中に炭水化物が食べたくなっちゃうって、きっとあるあるだと思うので、みなさんに共感してもらえる内容になってるんじゃないかなと思います。

■すごくわかります。(笑)

 昭和歌謡曲って「なんじゃそりゃ?」って思うような楽曲がよくあるんですよね。ピンクレディーの“UFO”とか“ペッパー警部”っていうタイトルも奇天烈で、「え?どんな曲なの?」って不思議に思いつつ、つい聴きたくなっちゃう魅力があると思うんです。1980年代の曲も面白いタイトルの楽曲が多いんですよ。例えば、田原俊彦さんの“ハッとして!Good”とかも面白いタイトルだと思います。「なんじゃそりゃ?」って思わされる、そんな魅力がありますよね。だけど、いつの間にか慣れ親しんでしまうのが昭和歌謡の魅力だと思いますし、そういう魅力に憧れて曲名を考えています。

■昭和歌謡の魅力を町さんはどんなところに感じられていますか?

 さっき話した奇天烈なタイトルなのに耳馴染みがよかったり、親しまれるというところも昭和歌謡の魅力の一つですし、いろんな曲調の楽曲があるというのも昭和歌謡の魅力だと思います。昭和だけをとっても64年までありますし、戦前、戦後を経験しているので、楽曲のバリエーションが豊かなんですよね。子供向けの楽曲もあれば、10代向け、大人向けの歌もある、そういうジャンルの幅広さが好きです。また昭和は楽曲がヒットすると、子供から大人まで誰もがその曲を知っているっていう状況になるのが面白いなとも感じます。例えば、殿さまキングスの“なみだの操”っていう曲があるんですけど、この曲は大人向けの歌詞になっていて、貞操を歌った歌なんです。でもそれをなぜか子供たちも知っているんですよね。アニメの「ちびまる子ちゃん」でも、まる子がお父さんとお風呂で一緒に“なみだの操”を歌うシーンがあるんです。そういう状況って現代にはない風景で面白いなと感じます。ヒットしたら誰もが同じ曲を聴いている、そういう現象が起きるのが好きですね。

■確かに現代では音楽も年代ごとにカテゴライズされていますから、老若男女が知っているっていう状況にはなかなか巡り会えないですよね。

 10代の間でいくらヒットしていても、大人は知らなかったり、逆もそうだったりして、世代間ではっきりと別れてしまっていますよね。でも昔はそうじゃなかったんだと思います。「おばあちゃんが聴いていた曲だから知ってる」みたいな、そういう音楽でみんなが繋がることができる経験って、今の時代では難しいのかなぁって思ったりもします。

■町さんの楽曲作りでもそういう昭和の時代背景を意識した曲作りなどされていらっしゃるのでしょうか?

 人に寄り添う歌でありたいなとはよく思います。今回の収録曲もいろんな人物の視点に立った楽曲になっているんです。私は「私の言葉を伝えたい」っていう思いで楽曲作りをしてるわけじゃなくて、いろんな人のいろんな立場を想像して曲作りをしたいと思って制作しています。そうしてたくさんの人の立場に立っていろんな楽曲を作りたいと思うのは、昭和歌謡の魅力の一つであるバリエーションの豊かさに憧れているからなのかもしれません。

■なるほど。そういう思いがあってなんですね。

 今回の収録曲で言えば、“動画投稿御殿”という楽曲にあるようにYouTuberの立場を想像してみたり、“怒んないから言って”では子供の目線に立ってみたりしています。いろんな人の立場になって、その人に寄り添った楽曲作りをしたいと思っています。

■個人的に“大きな主語”は特に共感できた楽曲だったので、今のお話をうかがって、町さんに寄り添っていただいたような、そんな感覚があります。

 私も主語が大きくなりがちなので戒めもあるんですが、「主語がでけえんだよ!って怒りを抱いている人がどこかにいるかもしれない」って想像して作りました。恋愛ソングに近いテーマで楽曲制作して、説教臭くならないようにって気をつけた部分もあります。

■町さんが説教臭くならないようにという配慮をしてくれているから、聴いていて心地がいいんだなと改めて思います。

 ついつい説教みたいになっちゃうので、実はバランスが難しいなといつも思っています。(笑)

■さまざまなテーマで描かれた楽曲をいくつも作っていらっしゃいますが、テーマを見つけるために普段はどんなところから情報を集めていらっしゃるのでしょうか?

 普段の生活の中で、人としゃべったり、インターネットを見たりしてキャッチしたワードだったりテーマをメモしています。歌謡曲でいえば、作詞家の阿久悠さんも新聞の切り抜きをたくさんスクラップにしていたと聞いたことがあります。そういう話を聞くと、その時代背景を反映した楽曲は、「この時代だからこそ、こういう歌ができたんだな」と思うこともあります。私の曲も後々に聴いた人が「2022年っぽいな」なんて思ってくれたら嬉しいです。私は昭和歌謡が好きですが、古風なことがしたいわけじゃなくて、阿久悠さんのように素晴らしい先人の方々にならって、その時代を反映したような楽曲が作りたいなと思っています。

■昭和の時代ならではの雰囲気などを楽曲から感じることもありますね。当時のいい意味での緩さというか、寛容さを感じます。

 面白いですよね。今タイムスリップしたら戸惑うと思います。昔は電車の中でタバコを吸ってる人とかもいたと聞いたことがあるんですが、そんな場面を今見たらびっくりしちゃうと思います。たった数十年の違いなのに、これだけ社会とか人の様子が違うことがすごく面白いなと感じます。

■前回リリースした、昭和初期や戦前戦後の流行歌をカバーしたアルバム『それゆけ!電撃流行歌』の収録曲で一番好きな曲は“とんがり帽子”だとうかがいましたが、どんなところに魅力を感じられますか?

 あの曲は当時のラジオドラマのテーマ曲として制作された楽曲なんですが、当時あの曲に共感する子供たちがたくさんいたんだと思うと不思議に感じるんです。戦災孤児の子供たちが両親がいない中で身を寄せあって支え合う、そういう情景が浮かぶ歌詞に胸がじんとなります。今生きている私たちからしたら、まだ子供なのに戦争で両親を失ってって状況は考えにくいからこそ、当時の子供たちがこの曲に共感したことを思うと、いろいろと考えさせられます。具体的に想像するのは難しいけれど、かといって他人事でもないと思うんです。でもまだ世界中のどこかではそういうことが起きている、だから他人事じゃないんだと考えさせられる楽曲でもありますね。

■確かに他人ごとではないですよね。

 だけど暗い楽曲ではないんです。「昨日にまさる 今日よりも 明日はもっと 倖せに」っていう歌詞もあって、この曲が希望に満ちた未来を描いている、子供たちを描いているんですよね。暗い時代の方が明るい楽曲が流行って、逆にバブル時代にはクールな楽曲が流行ったりしているように感じるので、もしかしたら大変だからこそ明るい歌になっているのかなと思うところもあります。