『鈴村健一 LIVE TOUR 2023 “ROOTS”』ライブレポート@パシフィコ横浜国立大ホール

自身のルーツを巡り笑顔と歌声重ねる15周年記念日のツアーファイナル。

鈴村健一が10月8日(日)、神奈川・パシフィコ横浜国立大ホールで『鈴村健一 LIVE TOUR 2023 “ROOTS”』神奈川公演を開催した。このツアーではアーティストデビュー15周年を迎えた自身のゆかりの地を巡って来た鈴村。ツアーとしてはこの日の公演がファイナルだが、10月22日(日)には延期となっていた大阪公演の振替公演が行われる。開演時間を過ぎると「今から君たちにミッションを与える!」から始まる懐かしいヒーロー番組風のナレーションが響き渡り、木箱が積まれたような舞台装置の上をサーチライトが舐めて行く。そこにひとりずつ登場するバンドメンバーの宮崎誠(Gt)、大内慶(Gt)、アベノブユキ(Ba)、SASSY(Dr)が、ナレーションに紹介されて戦隊風の決めポーズ。「そしてあの男を呼ばなければならない!今年音楽活動15周年を迎えるあの男を……」との言葉に期待を高めた観客が鈴村の名を呼ぶと、そのシルエットが逆光の中に浮かび上がった。笑いに包まれたオープニングから、ライブは壮大な“HERO”の旋律で幕を開ける。“ポジティブマンタロウ”、“NAKED MAN”と続いたこのパートは鈴村のルーツのひとつである「ヒーロー」を巡るもので、歌声や吹き鳴らすハーモニカにも特別な熱が入る。ステージセットの至る所に取り付けられたライトが過剰なほど鮮烈に回転する様は、80年代の音楽番組めいた空気を作っていた。歌い終えた鈴村は観客に感謝を述べ、「泣いても笑ってもこれが最後です!ちょっとタイムリープするけど……今夜がファイナルなんです!」とファイナル後の振替公演を意識しつつ語る。公演日の10月8日(日)は彼のデビュー記念日でもあり、MCでは何度もそのことに触れられた。

5月にリリースされたミニアルバム『ROOTS』を引っさげ行われた今回のツアーでは、鈴村健一のルーツを巡り、本人にとっては自分の原点からあふれ出るものを再確認するセットリストが組まれている。「ヒーロー」という大切なルーツを歌い終え、次なるフェーズでは鈴村が暮らしの中で「ここに生きている」と感じる瞬間などを表現した楽曲たちを披露していく。そうして歌い出された“シロイカラス”から、ステージの背景には青と白の星が灯る。決意を秘めた詞が沈黙の中に消え、愁いを帯びた“レールウェイ”のイントロを呼び込み、ステージでは四角いライトがバンドメンバーひとりひとりを写真の如く切り取っていく。続く“12月の空”では舞台の端から光が一筋差し込んで、僅かに開いた扉の向こうの輝きが漏れ出てくるような景色を作る。鈴村の足元に落ちる複雑な模様の影たちは、見えない都会の雑踏を記憶の中に焼き付けた。“東京”を歌い終えた鈴村は、かつて大阪から上京してきた時、新横浜を過ぎるまでは自信満々でいたのに、品川駅に立ち並ぶ高層ビルを見て怖気づいた思い出を明かす。「怖かったよ~!新横浜から品川で急に景色が変わるんだよね!」という言葉には共感する観客も多かった。

次なるフェーズでは、「何を食べるかをいつも考えている。一食もムダにしたくないけど、チャレンジもしてみたい」と語る鈴村が「食」に関する楽曲をピックアップ。歌詞中にパンが出てくる“バベル”から、食事風景を象徴的に描いた“そりゃそうです”をしっとりとしたアコースティックアレンジで歌う。しかしその空気は「お腹すいて来たんじゃない?騒げば騒ぐほどすいてくるよね?」の台詞で一転。「何が食べたい?アレだよね?そうだよね?!」と呼びこまれた怪曲“乗り込め 町中華”では、2023年リリースの楽曲にもかかわらず息の合った「ハイボール!」のコールにバンドメンバーからも笑顔がこぼれた。楽曲の途中には、ステージ上にテーブルと丼が運び込まれる。今回のツアー中、この曲の間奏で各地の町中華の麻婆茄子を食べて来た鈴村。本日の麻婆茄子は横浜市西区の中華料理店・匠(Jang)のもので、お味のほうは「辛いけど消えるタイプの辛さ、山椒の爽やかさもある」という。ちなみにこの麻婆茄子、舞台裏でバンドメンバーたちにも振舞われているかと思いきやそうではないらしく、「食べたかった」と不満げな4人にたじたじする鈴村は「みんなで横浜市西区の匠(Jang)さんに行こう!」と強引に話題を〆た。

楽曲を通して鈴村の様々なルーツについて触れる今公演。次に歌われるのは「自身」にまつわる楽曲たちだという。第1子が誕生したことで「自分自身が誰かのルーツとなること」に思いを馳せるようになったと語る鈴村は、誰かのルーツが繋がることで日常が形作られていることを「蛇口をひねると当たり前に水が出てくること」に例える。「ここにいる人たち全てが(誰かの)ルーツになるんだ、という想いを込めて作った曲です」そう紹介されて歌い出された最新ミニアルバム収録曲“明星”には、表現者としての、そして父親としての鈴村の願いが込められて、詞が唇に乗せられるたび言葉のひとつひとつに生命が宿る。鳴り止まぬ拍手を受けながら眩い光の中で“太陽のうた”を歌った鈴村は、見渡す観客たちそれぞれに違う人生があり、その数だけ主役がいる中、こうしてライブの時間を重ねられることへの感謝を口にした。感動的な空気が作られる一方、鈴村は同じ会場で行われた10周年記念ライブの際、歌いながら天井に向かって蹴ったはずのボールがあらぬ方向へ飛んで観客に直撃した苦い思い出がよみがえって来たらしい。また、「東京って歌ったけど、最初に住んでいたのは神奈川の読売ランド前駅だった」と告白し、内見もせずに即決した家で8年も暮らしたことを明かす。携帯電話の地図アプリも無かった当時、不動産屋が書いた地図を頼りに新居へ向かったところ、聳え立つ崖を登る羽目になり、一緒にいた友人から「おまえ毎日崖を登るの大変だな……」と言われたエピソードには爆笑が起こった。しかし実際には崖の反対側に道があり、崖を登る必要は無かったそうだ。

「夏は地獄のように暑く、冬は地獄のように寒く、何度も死にかけましたが……こんなふうに育ちました! 神奈川、本当にありがとうございます!」その言葉に続くメドレーでは“SHIPS”、“turn on a radio”、“HIDE-AND-SEEK”、“Go my rail”、“あいうえおんがく”を披露。七色の光線が躍る中、観客は声をそろえて歌い、バンドに煽られ手拍子を重ねる。様々な形のコール&レスポンスをこなして、最後の大合唱は会場の空気を揺らすほど膨らんでいく。その余韻も消えぬうちに「俺のルーツ、はじまりの歌」と流れ始めるのは、15年前のこの日にリリースされた鈴村のアーティストデビュー曲“INTENTION”のイントロだ。1番全てを観客に歌わせて、鈴村は両腕を広げ客席の歌声を抱きとめる。ライブ本編のフィナーレを飾る“声”では、「声」で多くの人々の心を震わせる鈴村の剥き出しの歌声がアカペラで響き渡る。“INTENTION”から続いたこの曲は、「声」で縁を繋いだ15年間の思い出が塗りこめられているようだった。

舞台照明が落ちてバンドが去ると、手拍子や歓声の代わりに誰からともなく“INTENTION”を歌い始め、アンコールを求める観客たち。それに呼ばれてステージへ戻った鈴村は、観客たちへ深い感謝を伝えて「これだからライブはやめられない」と感慨深げに話す。すると客席からは「やめなくていいよー!」との声が飛んできて、会場に笑顔があふれた。アンコール1曲目の“ハナサカ”を終えグッズを紹介する鈴村は、パンフレットに載った読売ランド前駅付近の写真を眺めて懐かしい顔。しかし撮影時に不動産屋の店先に吊り下げられていた鈴村が住んでいた物件の家賃が、そこで暮らしていた当時よりも安いことに気付き、騙されたような気分になったという。そんな鈴村は、ゆかりのある土地を訪ねる今回のツアーのアンコールで、各地に暮らしていた当時に見たり、聴いていた作品の楽曲を歌ってきている。横浜公演のアンコールに選ばれたのは、アニメ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」のOPソング“葛飾ラプソディ”だ。歌い終えて、「実はこち亀がアニメ化した当時、同じスタジオで仕事をしていたが、隣でこち亀のオーディションをやっていて、アニメ化するんだ!?と驚いた」ことを明かした鈴村は、最新作の収録曲の“東京”が“葛飾ラプソディ”と同じ堂島孝平の作曲であること、そして、その堂島がこのライブ会場に来ていることを話す。そして最後には15年間の感謝を語って「これから」を観客に誓い、ラストソングとして“この世界の好きなところ”を披露。心浮き立つメロディに歌われる詞は、日常にある小さな喜びを探すもの。それはこの公演の全てを象徴し、明日へ向かう全てのひとの背中を優しく押してくれる。「また会おうね!また声を重ねてください、その時を楽しみにしています!本当にありがとうございました!」何度目かもわからない鈴村の感謝の言葉。パシフィコ横浜の天井まで届くペンライトの青い輝きと祝福の笑顔に包まれて、デビュー15周年記念日の公演は幕を下ろした。

Text:安藤さやか
Photo:草刈雅之

https://www.lantis.jp/artist/suzumurakenichi/

『鈴村健一 LIVE TOUR 2023 “ROOTS”』@パシフィコ横浜国立大ホール セットリスト
01. HERO
02. ポジティブマンタロウ
03. NAKED MAN
04. シロイカラス
05. レールウェイ
06. 12月の空
07. 東京
08. バベル
09. そりゃそうです
10. 乗り込め 町中華
11. 明星
12. 太陽のうた
13. メドレー(SHIPS〜turn on a radio〜HIDE-AND-SEEK〜Go my rail〜あいうえおんがく〜SHIPS)
14. INTENTION
15. 声

ENCORE
01. ハナサカ
02. 葛飾ラプソディ
03. この世界の好きなところ