平手友梨奈という表現者の心のカルテを具象化したライブだった。
平手友梨奈という表現者は、我々の予測や想像を遥かに超える存在だった。彼女が日本武道館というキャンバスの上に形を成して描いたアートは、息を飲むほどに、声を詰まらせるほどに前衛的で衝撃的だった。ここに記したのは、8月20日に平手友梨奈が『アナタタチノカルテ』と題して日本武道館で行った公演の模様だ。先に伝えておくが、以下に書いたのは、あくまでも筆者の解釈であって、それが正解とも、不正解とも断定はしない。あの場にいた一人ひとりの心の中に、きっといろんな解釈と紐解かれた答えがあるだろう。中には、疑問符のままの人だっているだろう。でも、それで良いと思う。芸術の解釈は、無数にある。表現する側には、答えがある。ただし、それを100%受け止めることが、必ずしも正解とは限らない。芸術とは解釈を無限大に広げていくもの。だから、いろんな蘊蓄が語られ、それが受け継がれていく。この日は平手友梨奈という表現者を軸に据えた、前衛的で芸術的な物語がそこには描き出されていた。それをこんな風に受け止めた人がいた……。巨大なスクリーンに映し出されたのは、真っ白な雪原が広がる暗い大地の上で、一輪の真紅の花を手にして歩く平手友梨奈の姿だった。「ただ、息をしていたいだけなのに」など、次々と流れるモノローグ。「この狂った世界で正常であることが異常で」など、次々とでも淡々と呟かれる言葉が幻想的な映像の上に文字として綴られていく。いつしかスクリーンには、真紅の花で敷き詰められた花園が広がり、その花の上で寝そべる平手友梨奈の姿も映し出されていた。同時に、花道の先に広がったセンターステージには、同じ花園の景色が広がり、そこへ平手友梨奈が寝そべっていた。場内から生まれた感嘆の声、声、声。「これだけは光だと呼びたいの」と呟く声……。光を集めたステージの上には、荘厳でシンフォニックな弦楽の音色に乗せて、大勢のアクターが一編の壮大なオペラを描くように演技に興じていた。そこへ2階ステージに麗しき麗人と化した平手友梨奈が姿を現した。彼女は自らの身体を絵筆やタクト(指揮棒)にして、これから描き、綴られる壮大な物語の先導者であり、主役であり、語り部として、凛とした姿勢を見せていた。やがて孤高の踊り手となった彼女は、優雅に舞い、踊りだす。そして……。

「ようこそ、私とあなたの狭間へ」雄大な演奏と、会場中に響き渡った破裂音を合図に、大勢のダンサーを従えた平手が“Kill or Kiss”を歌いだした。とても艶かしいのにどこかクールな歌声だ。彼女の動きとシンクロするように、ステージ上から無数の巨大な炎が吹き上がる。その光景はまるで退廃を前にし、世紀末の世を狂(興)じて繰り広げる宴のようだ。大勢のダンサーを率いた平手が、この物語のヒロインに自らを染め上げ、気勢を上げていた。彼女の振り上げる腕の動きなど、一挙手一投足に合わせて無数の巨大な炎が吹き上がる。まるで日本武道館という巨大な会場を舞台にした、スペクタクルな舞台劇を見ているようだ。まさにこれは「平手友梨奈という一人の表現者が、平手友梨奈という一人の女性の心を描き出す人間ドラマ」の始まりの景色だった。平手はウィスパーな声で“イニミニマイニモ”を歌いだした。大勢のダンサーが力強く躍動するダンスブレイクや演奏とシンクロするように踊ると、物語のコンダクターとなった彼女が、クールからウィスパーまで多種多彩な声の色を用いて、幻惑とした世界を描きだしていた。その動きと折り重なる演出の数々を、一つとして見逃したくない。いや、一度視線を向けたらそこから目が離せなくなるパフォーマンスが、眼の前で次々と繰り広げられていた。平手を中心に、大勢のアクターがシンクロした動きを見せれば、彼女の歌声をタクトにして、アクターたちがドラマチックな動きを見せながら物語を進めていく。響く波の音。背景にはモノトーンの映像が映し出されていた。平手は「普通」という言葉を通して、何が普通としての正解なのかを問いかけるように語っていた。そのモノローグに乗せて、平手とアクターたちが常人を気取るように、ステージの上をゆっくりと歩いていた。「それでも、誰にも言えないわたしという普通」。その言葉をきっかけに、とろけそうな甘い音色が流れ出した。平手は少し息を抜いた甘い声で、ゆっくりと、でも呟くように“ALL I WANT”を歌った。彼女の歌声や流れる語り、アクターらと共に描きだすパフォーマンス。そして、さまざまな映像や照明などの視覚効果が重なることで、観客たちの視線と心を惹きつけ、釘付けにしていく。これはライブなのか?!いや、平手の心の中を一つひとつの楽曲を通して具象化しながら創り上げたドラマだ。この日のライブでは、「カルテ」という言葉が大きなキーワードになっていた。もしや一つひとつの楽曲が、平手という女性の心の症状を記したカルテの書き込みであり、それぞれの症状を形にして目の前に描き出したものなのかもしれない。甘く優しい歌声に心が惹かれながらも、彼女の心とシンクロしていくアクターたちの動きもずっと視線を捉えていた。「一緒に壊れてくれませんか?」と語りだす言葉が、そのまま背景のスクリーンに文字となって映し出されていた。ステージの上で平手はもう一人の平手(女性のアクター)と対峙しながら、相手をじっと見つめていた。早口で言葉を紡ぐように、でも囁くような声で、平手が“Shooting Star”を歌いだした。平手ともう一人の平手が時に対峙し、相まみえ、混じり合いながら、スポットライトの光が映し出した大きな丸い光の輪の中で戯れていた。2人の姿が光と影のようにシンクロしながら華麗に舞い、踊っていた。「君と2人なら怖くないよ」と歌う言葉が指し示していたのは、果たして……。

この日の公演は触れれば触れるほど迷宮にはまっていきそうだ。もの悲しくも切々とした、でも美しい演奏に乗せ、物語は次の扉をゆっくりと開け始めた。暗転した舞台。そして、グランドピアノを演奏しながら、まるで大正浪漫を感じさせるノスタルジックでジャジーな音色を奏でる姿が映し出されていく。そこには、黒いマントとベールをかぶった平手の姿と、白い服を身にまとった大勢の平手の姿も交錯するように映されていた。物悲しい音色に乗せて、兎人間と羊人間がセンターステージに現れ、真紅の花を敷きつめた絨毯のような花園の上で戯れだす。やがて大きなスクリーンに絵本が映し出され、平手が「迷子のナナシちゃん」の物語を語り始めた。2階ステージに現れた平手は、手にした本を読み聞かせながら、ゆっくりと階段を降り、ステージの上を徘徊していく。彼女の姿を兎人間と羊人間が追いかければ、大きな足長の女性たちが現れ、この場をまるで異形がうごめくサーカス小屋のように、いや、幻想奇譚の世界へと迷い込んだようなファンタジックで浪漫あふれる景観に染め上げていた。そこには、貴婦人のような出で立ちで、マイクを手に“イマジナリーフレンド”を可憐に歌う平手の姿があった。舞台の上で大勢のアクターと戯れるように歌うその姿は、絵本に描かれたページをそのまま具現化したようだ。なんて華やかで浪漫あふれる世界だろう。目の前には、ファンタジックな童話の世界が広がっていた。だから心が華やぎ、ときめくのを抑えられない。 カラフルな絵の具を並べたパレットの上ではしゃぐような、ハッピーでチャーミングな音色に乗せ、平手は心も身体も軽やかに弾ませて“失敗しないメンヘラの育て方”を披露。目の前に広がっていたのは、「平手友梨奈と童話工房」のように、夢あふれる物語が次々と広がる世界。マジカルな世界へと誘うレインボーカラーのようなポップな音がはしゃぐ演奏に乗せ、平手は大勢のアクターと一緒にこの場を華やぐロマンチックな宴の場に染め上げていた。幻想的で浪漫にあふれた物語の世界を次々と紡ぎだす平手友梨奈という芸術家が、触れた人たちの心を踊らせていた。まるでおとぎ話の中に飛び込んだような気持ちだ。いつしか大勢の観客たちも、彼女が創出したドリーミーでファンタジックな世界を担うアクターの一人となり、華やかな宴の場を一緒になって彩っていた。「ドスンッ」とした重厚な音が轟き渡る。平手の動きに合わせてアクターたちが同じ動きを重ねながら、“俺らの未来”と題した物語を作り出す。彼女が綺麗にシンクロした踊りを見せるアクターたちを指揮していく。平手は2階ステージにいるバンドと絡みながら、力強い歌声を通して観客たちとも心をシンクロしていた。この曲では、彼女が歌う「キミのせいだよ」の声に、観客たちが「もう もう」と声を交わすなど、ライブだからこその臨場感と一体感を描き出していた。平手の歌に合わせて一緒に声をかけあうことで気持ちが一つに重なり、ともに思いを分かち合える。センターステージも巧みに使いながら、彼女は胸踊らせる楽曲を通して、ライブらしい気持ちを一つに重ね合わせた景色を生み出していった。ふたたび流れ出した奈落の世界へ誘うような幻想的な、でもどこかスリリングでエレクトロな音色。次にどんな物語が描きだされるのか……。その期待を煽るように、ここではライブを演奏で支えてきたバンドメンバーたちによる、雄々しいセッションプレイが繰り広げられた。一人ひとりのプレイにスポットを当てた上で次なる物語の幕が開かれた。「わたしを象る名前たちが」、「アナタタチノカルテから私を探す」、「現実主義者」、「わがままな異端者」など、語られる言葉に意味を注ぐように、アクターたちが前衛的な踊りを見せた。そこには白い服を身にまとった平手がいた。「アナタタチノカルテにわたしたちはいない」などの語りに導かれるように、白い服を着たアクターが大勢ステージ上に姿を現した。ここは病棟の室内?密閉された空間の中で、いろんな病んだ感情が一人ひとりの人格となって蠢く彼女の心の中?「だってあなたの声は私の声でもあるんだから」その声を受けて“bleeding love”へ。この曲でも平手は心を病んだ大勢の患者たちを引き連れながらも、自分の心の声と……心の中に棲むもう一人の自分と対峙するように歌った。躍動する演奏の上で淡々とした声で、でも秘めた感情を少しずつ溶かすように歌う姿が印象的だ。彼女の目の前で踊るアクターたちは、平手の心の中にいるいろんな心の人格なのか?その解釈は受け止めた人それぞれにあるだろう。それくらいいろんなイマジネーションを広げるパフォーマンスを描き出し、彼女の歌がそれを紐解く鍵になっていく。真紅の花の咲き誇る絨毯のような花園の中で、一人華麗に歌い踊る姿も印象深く見えた。

平手による「人間の定義」についてのモノローグが流れる場内。やがて真っ赤な花園の中で思いを語る平手の姿に、白いスポットライトが当てられた。「人は何か」という、人としての根源を問いかけるような言葉の数々が場内に流れ続ける。背景には自らを磔にしたような姿をしたアクターたちが現れ、やがてゆっくりと動きだした。そこに響いた声。「価値観の押しつけは殺人だ」言葉の一言ひと言に重い感情を乗せ、平手は雄々しくも神々しいシンフォニックでスリリングな演奏が響き渡る“I’m human”に乗せ、自分が存在する意味を探し求めるように一人で踊っていた。やがて狂おしいまでに情熱的な演奏を背に、彼女は階段をゆっくりと登り、その先にあった大きな玉座に座り、狂気に満ちた声で心の奥底に渦巻く思いを掻きむしるように歌った。だが、その姿も……。舞台の上から消えた平手の姿を求めるように、場内中から手拍子が鳴り響く。誰も声を発することなく、ただただ手拍子を続けるところに、本編に描きだされた物語に言葉を失うほど圧倒された観客たちの心情が現れていた。幻惑した世界に圧倒されたがゆえに、驚異と興奮に言葉を失った光景がそこには広がっていた。 眩しい銀河が広がる世界の中、真っ赤な一輪の花を手に、黒いマントとベールをかぶった平手が語る姿を映した映像が流れ出す。ここでも彼女は生きる上で心に重くのしかかる、いろんな感情の機微を言葉として引き出しては呟いていた。「あなたに届くのが、何億年先だとしても」の言葉の後、物悲しいピアノの音色に乗せて、ふたたび平手がステージに姿を現した。彼女はハンドマイクを手に、今にも心が壊れそうな掠れた声で、白いスポットライトを浴びながら、「キミの言葉も涙も全て 光の中に溶けていく」と、“あざ”を歌った。銀河を飛び交う流星のような音色の上で、彼女は「もうやめよう 壊れてしまわないように」と、心の声を歌の礫にして、無限に広がる心の銀河に飛ばしていた。その銀河の中で輝いていた無数の小さな光は、ここにいる一人ひとりの姿だったのだろうか……。平手はこの日の公演のタイトルに、『アナタタチノカルテ』と記していた。日本武道館という大きな舞台の上で繰り広げた楽曲にまつわる一つひとつの物語は、「カルテに綴られた、平手友梨奈という一人の女性のさまざまな心の病状(声)」であり、それを具象化したものだったのかもしれない。同時に、彼女が一つひとつの演目を通して投げかけた思いを、「訪れた一人ひとりの心のカルテと重ね合わせて捉えてほしい」と伝えていたのかもしれない。だが、すべては仮説だ。本当の答えはこの日のライブを受け止めた人たちが心に抱いた思いで良いのだと思う。全ての演目を終え、この日彼女が唯一言葉にした「ありがとうございました」の声。カーテンコールを受けるように、平手を中心に大勢のアクターがふたたびステージに姿を現し、みんなで手を繋ぎ、深々と感謝の一礼をし、『アナタタチノカルテ』という演目の幕を下ろした。
Text:長澤智典
Photo:Viola Kam (V’z Twinkle)
https://cloud9pro.co.jp/artist/profile/yurinahirate
平手友梨奈『アナタタチノカルテ』@日本武道館 セットリスト
01. Kill or Kiss
02. イニミニマイニモ
03. ALL I WANT
04. Shooting Star
05. イマジナリーフレンド
06. 失敗しないメンヘラの育て方
07. 俺らの未来
08. bleeding love
09. I’m human
10. あざ






